■ 単細胞と馬と鹿



 バカは風邪をひかない、らしい。
 なら自分はバカじゃないんだろう。よかった、よかった。
 ……なんて、意味のわからない前向き精神で有利は執務をこなし、ようやく休憩時間となった。
 摂政を担うグウェンダルと教育係のギュンターは休憩に入るやいなや、待ってましたとばかりに執務室のドアを開けた毒女ことアニシナに連れていかれ(連れていかれるふたりはまるで囚人のようだった)当分は帰ってこないだろう。
 数分後、城内に響き渡る雄叫びをBGMに強張った節々をほぐすように有利が腕をのばせば、ドアをノックする音が。こちらが呼びかけるまえにドア越しからこえがかけられた。
「陛下、いらっしゃるんでしょう?」
「ヘーカはただいま休憩中なので、ここにはいらっしゃいませーん」
 言うと、笑う声が聞こえる。あいてのすがたは見えないのに、ドア越しに立つ男が肩を竦めているのが容易に想像できる。
「それは失礼しました。……ユーリ、なかに入ってもいいですか?」
 改めて、名を呼ばれて有利はちいさく笑いそれを了承すればワゴンに紅茶のポットをのせた男――コンラッドがあらわれた。
「……お仕事お疲れさまでした。さきほどアニシナの研究室を覗いてきましたが、ふたりは体力、精神ともに瀕死状態だったから今日はもう執務はできないと思いますよ。ここで一息ついたら、部屋に戻りましょう。体調は悪化していませんか?」
 心配そうにこちらを見るコンラッドに有利は困ったように眉根をさげた。
「あんたは心配しすぎ! 大丈夫だよ、これくらい」
 さいきん昼と夜の温度差がひどく、それにからだがついていかなかったのか熱とは言わないまでも有利は風邪をひいたのだ。
「本当に?」
 風邪、というよりかは風邪気味と言ったほうが正しいほどのものなのに過保護な彼には充分自分は看病の対象になるらしい。
「さっきギーゼラに診てもらって薬もらってきたし、体温も計ったけど熱なかったから。それに、地球からもってきたマスクで被害拡大も防いでるから安心してくれよ」
 と、自分なりにコンラッドが安心してくれる行動をしたこと、それから彼が思うほど体調がわるくないことを告げればようやくコンラッドは心配していた表情を緩め、ほっとしたようにため息を吐いた。
「……なら、いいのですが。ですが、あまり無理はなさらないでくださいね。風邪はひきはじめが肝心だと言いますから」
 念を押すように言われ、やっぱりコンラッドは過保護だなと思いつつ緩く首をたてに振り、淹れてもらった紅茶を受け取り、そのまま近づいてきた男に有利は慌ててテーブルに紅茶を置いて距離をとろうとする。
「あっ! なんともないって言っても、ぜったいに風邪が移らないっていうわけじゃないからあんまり近づかないでく」
 くれるか、と言いかけたセリフは最後まで音になることはなかった。
 目のまえにはぼやけど視界がぼやけるほどの近くコンラッドの顔。それからマスク越しに伝わる柔らかい感触と熱に有利は反射的にからだを強張らせた。
「近づかないで、なんて言わないでください」
「コンら、」
 布越しに触れあったままの口唇。そのまま話しかけられて、振動が伝わってきて固まっていた思考のスイッチがぱちぱちとオンになっていき、からだの奥からぶわり、と熱くなってくる。
「か、かぜ、うつるから……っ」
 いまだに強張ったままのからだを叱咤し、有利がコンラッドの胸を押せばその手をとられてこんどは男の胸のなかに抱きこまれる。
「心配ご無用です。俺は軍人ですので」
 耳元に吐息ともに吹きこまれる冗談をいうにしては甘くて低い声音に風邪からではない寒気が背中に走る。
「……それに、バカは風邪をひかないというのでしょう? だから安心してください」
「は?」
「俺は、ユーリバカですから」
 さらり、とそんなことをいってのけるコンラッドに有利はさらにからだの熱が上昇していく。
 ……マスクをしていてよかった。でなければ、また熱があるのかときっと彼が心配してただろう。
「……ほんと、あんたってバカだな」
 羞恥心から出た悪態。けれど、思いのほか声音は弱々しく自分が思っていたものよりずっと甘かった。
 

END
(title 彼女)

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