■ ぞっとしないね
なんとなくくちにだけだったのだ。
非難つもりもなければ、悪口を言ったつもりもなかった。本当にただなんの気なしに言っただけだった。
そのことばに特別な意味を含ませていたわけではなかった。
「男同士でキスをするのとか想像するだけでぞっとするよ。ヴォルフは確かに美形で天使みたいな顔立ちしてるけどさ、男は男だろ?」
ヴォルフラムを貶したいわけでも、同性愛者を否定するわけでもない。恋愛嗜好はひとそれぞれだ。自分の友人がもし同性愛者だとして、驚くことはあっても、それを否定するつもりはない。けれど、自分はノーマルなのだ。第三者視点ではなく、自分視点となれば話は別。
だから、同じくノーマルであろう護衛であり、名付け親であるコンラッドに同意を求めてみたのだ。もちろん、真剣に同意を求めたのではなく、話のネタのひとつとしてただ単に軽口を叩いてみた。
もうこの話は何度もコンラッドと話しているし、そのたび彼は「そうですね」と言ってくれた。解決してほしいわけじゃない。自分と同じように冗談混じりに慰めてくれるのを期待していただけーーなのに。
なにがどうしてこのような事態を生んだのか、まったくわからない。理解が、できない。
有利は停滞する思考のなかでわかるのはいつもの返答を待っていると突然彼が腕を引いてキスをされて、いまコンラッドの口唇が離れたという事実だけ。
唖然と目を見開いたままコンラッドを見れば、彼は目を細めた。
「ぞっとしましたか?」
目尻を細め、口角をあげて作られた表情はいつもと変わらない笑みのはずなのに、こちらに向けられる瞳の色だけは普段よりもずっと獰猛に見える。
「ユーリ、聞いていますか?」
やわらかくやさしい声音で問われているものの、答えられない。
「……あんた、だれ」
ようやく口にした一言が情けないことに震えてしまう。だけど仕方ないだろう。だって、知らない。こんな目をするコンラッドを、自分は知らない。
「コンラッド、ですよ」
言ってさらに笑みを深めてふたたび近づいてくる顔を口唇を有利は避けることもせずにまたも互いの口唇が触れ、そろり、と下唇を舌でなぞられる。
「ね、ぞっとしましたか?」
二度目の問いに有利はこくりと頷いた。
たしかにぞっとはした。けれどそれは自分が想像していたものとは違うどこか甘く痺れるような感覚で、それを目の前の男も察したのだろう。小さく耳元で囁いた。
「ウソツキ」と。
END
(title 衡行)
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