■ たまには優しさが欲しいと呟いてみたらそっとバファリンを差し出された件について

 どちらかといえば自分は、尽くすタイプだと思う。恋人であれ友人であれ好きな相手には見返りを求めない主義だ。相手が笑ってくれるなら、それだけでいい。
 とくに悪友であるコンラート・ウェラーという男はヨザックをそういう気持ちにさせた。
 コンラートは、淡泊な男で何事に対しても欲がない。いや、そういう執着心が欠けているのだろうと思う。あの男の置かれる環境は一見、充実してみえるものの、それは彼以外だ。幸い家族には愛されているものの、親戚などにはコンラートは疎まれている。
 コンラートは昔からいやに頭がいい男で、それがわかっていたからこそ家族には迷惑をかけないように生きてきた。欲しいものを欲しいと言えば『厚かましい子供』だとか『いやしい子供だ』と言われ、批難されるのがわかっていたのだろう。自分だけではなく、それが家族の耳に入るのを恐れてコンラートはなにもねだることをしなかった。そうしているうちに自分には『欲しいものを強請る価値もない人間』なのだと思うようになったのかはヨザックの憶測でしかないが、コンラートは欲しいものを最初から諦めるくせがあったのだ。
 人当たりはいいが、それだけである一線を絶対に踏み込ませないところがコンラートにはあった。
 そんな男をみているとなにもできない自分が歯がゆくてしかたなかった。
 だから、コンラートに恋人ができたと聞いたときは諸手をあげて喜んだものだ。それが異性ではなく同性だと聞いたときもヨザックには性別などどちらでも構わなかった。
 ようやく、コンラートが『欲しいもの』を『大切にしたい』と思うものができた。それがなによりヨザックを喜ばせたのだ――のだが。
「……これはねえだろうよ、コンラッド」
 ヨザックは地を這うような唸り声をあげながらひたすらにキーボードを叩き、パソコンのディスプレイを睨みつけた。もうかれこれ、数時間は液晶画面を睨みつけ、座りっぱなしの腰や肩は限界を訴えてきている。
 たしかに、たしかに自分はコンラッドがしあわせになるならば多少の苦労は引き受けるつもりでいたが、これはあまりにもむごい仕打ちだ。
 デスクには山になった資料と空になった缶コーヒーで埋め尽くされている。
「……うっわあ、すごいね。ここだけ樹海みたい」
 背後から声が聞こえ、振り返ってみると開発部に所属している村田健がいた。
「あれ、ケンちゃん。なんで営業部にいるの」
「職場でケンちゃんって呼ぶのやめてくれる? ま、だれもいないからいいけど。仕事が終わってなんとなくちらってみたらきみがいたから見に来ただけ」
 周りにひとがいないと言われてようやく、ヨザックはフロアを見回せば、自分以外にだれもいないことに気がついて、長くため息をついて脱力した。いまさら時計をみればとっくに勤務時間を過ぎている。
「……ケンちゃん、ちょっとだけ愚痴っていいですか」
「ん?」
「隊長ったらすぐにオレにあたるんですよ。坊ちゃんとのデートがダメになったのは会社のせいなのに『お前の仕事が遅いからこっちにまでまわってきたんだ』とか部長であるグウェンダル閣下をうまく言いくるめたのか知りませんけど『営業元から直帰していい』って最初は閣下言ってたのに『これから家に帰ります』って連絡いれたら『戻ってこと。まだ仕事が残っているらしいじゃないか』って言われて会社に戻ってくればあきらかコンラッドの仕事がオレのデスクにのってて……かれこれおれもう十勤ですよ? マトモに家で寝てないっていうのにこの仕打ち。そろそろ誰かオレに優しくしてくれたってバチは当たらないと思いません?」
 そう会社では上司であるがプライベートでは恋人である村田に泣きつくように愚痴をこぼせば「それは大変だったね」とぽんと肩を叩かれた。
 ああ、やっぱりケンちゃんは天使、いや女神さまだ。
 自分を労ってくれたのかさきほど買ったのであろうミネラルウォーターを差し出してくれる村田にきゅんとした。
 ――が。
「でも会社っていうのは所詮、縦社会だからさ。理不尽だと思ってもやれといわれたらやらなきゃいけないんだよ。本来ウェラーさんの仕事であってもきみが担当することになったっていうのはそういうことさ。きみはまだまだ下っ端でこと。それに僕も友人である渋谷がデートをキャンセルさせられたときのあの寂しそうな顔をもう見たくはないからね。ま、頑張ってくれよ」
 そうさらりと言った村田と茫然とした表情で見つめればことさら村田はにっこり笑い、ヨザックの左手に「これ、僕からのプレゼント」と渡された小さな粒を見て、ヨザックは本気で泣きそうになった。
「あ……ありがとうございます」
「うん、じゃあ僕はさきに帰るよ。お疲れ様」
 
たまには優しさが欲しいと呟いてみたらそっとバファリンを差し出された件について
(やさしさってなんだろ…)


END
(title 九)

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