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ただ走って
宛てもなく突き進んで


そして何かに躓き転んだ




直後

ムジュラはムクリと半分だけ起き上がり

自分の足元に落ちている動物の頭蓋を睨み
自身が転んだ原因であると判断して遠くに蹴飛ばした


そして今一度
ムジュラは仰向けの状態になって砂の上に自ら倒れ込んだ


少し遠くの方で先程の頭蓋骨が砕けた音が響いているのを聞き取りながら

一面に星が広がる夜空を見上げた


未だ涙の潤いが引かない目のままで見上げた星は二重三重にぼやけ
夜空が四割増しで明るかった






「寒いゾ…」




砂漠の気温は急激に下がり
普段から軽装であるムジュラに寒さを与える

ムジュラにとって寒さというものに触れたのは生まれて初めてのように思えた

いつ彼が生まれたかは上手く判定しかねる上に
今までだって五感は生きてはいたが
こうしてシミジミ寒いという感想が頭を占めるような経験は未だかつて無かった



「シズカ、だなぁ」



こんな時に限って頭に浮かぶ複数の声もない
常に渦巻いていた誰かの欲はやはり大妖精によって奪われたらしい
力の源はムジュラの何処にも残っていなかった


しかしそのことに本人は気付いていない


未だ何処かに残された力があって
どうにかそれを絞りだそうとするように
ムジュラは目の前に手をかざし
得意だった炎の魔術を放とうとしていた




冷たく乾いた風は緩やかに砂丘を崩し
数分前と違う景色を築いていく

その間にも一向にムジュラの手元に変化は見られない



「う、っウぅ…、ナンデ…!」



嗚咽を喉に押し込めるのに比例して目から次々に溢れる涙
目尻から零れて耳の穴に滑り込むそれにさえ理不尽さを覚えて取り敢えず泣き続けた





自身の存在意義など知っていた


人が求めるからだった

欲を満たして
弱さを埋めて
叶わないと思われる夢を見せること


取り返しのつかない膨大な魔力を失った今
ムジュラにそれはできない

誰も求めなくなる


誰もが必要としなくなる







ただ主人公なら


彼女なら違うと思った



そう思うのは何かの根拠からではなく
ただの直感でしかない、あるいは願望

それでも主人公なら

何か違う言葉を掛けてくれるものと期待していた















「貴様は…何を求めて泣く」



「っ…、?」





流れ伝う水滴をそのままに

頭上からかかる声に反応して
顔を上に傾けようとするが
ぎりぎりの所で声の主の姿が見えない





「、だれ…?」



「ふん、まるで女のようだな」


低く太い声が落とされてムジュラはむすっとした

確かに幼く見えない男の姿で
しかも美人(主人公曰く)が泣きじゃくっていれば女にも見えてしまうだろう




「どっか行けヨ馬鹿」


「言われずとも、貴様などに構う暇は無い」



ムジュラはやはり目元を拭うこともしないで
両手を広げた体勢を維持したままその男と思われる声の主が遠ざかっていくのを待った

しかしいつまで経っても砂を踏み歩いていく足音が聞こえないのでムジュラは溜め息をついた

彼の生涯初めてになる溜め息だったが
泣いた後の落ち着かない呼吸によって途切れてしまった




「ナンカ用?」



「……力が欲しいか?」



「……ナに?」




「俺に付いてくれば、望むものが手に入るぞ」





男の声に聞き覚えはないが
その口調はどこかで馴染みのあるものだとムジュラは思った








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