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―  ねー、すごく綺麗じゃない?




脳裏に浮かんだのはいつか聴いた言葉

いつだったか
彼女がこの景色を見下ろして
そしてこちらに振り返って微笑み感嘆したときの台詞

鬼神はうつしよの鏡の内に広がるハイラルの景色を一望しながら
いつかの記憶を緩やかに呼び戻して時折瞼を閉じた

懐かしい声が蘇る

世界の隅々にまで染み渡り
心を穏やかに静めるような響き

声の主は
小柄の女だった

金糸のような頭髪と長耳
薄く色付いた唇
白い肌に紅い瞳

ただ一人彼が神とした存在












「―…主人公」






鬼神は暫らくの間
視界を遮り記憶に耽った

百年の眠りは幸いにも過去を忘れさせなかった
ただそのために
全く時間の経過すらも無いように感じ
今にも自分を呼ぶための彼女の声が聞こえてくるのではないかと錯覚する



鬼神は自嘲し

目を開くとゆったりと立ち上がった


長い帯布を引き摺りながら歩き向かうのはその神殿の地下にあたる場所





神殿内には昔も今も
鬼神の他に存在はなかった
ただそこには記憶が刻まれるだけだった






うつしよの鏡のある部屋とは対照的に
その地下室は赤と青が混ざり合う奇妙な色彩の壁に六面を囲まれた空間だった
壁の色は体内を巡る血液のように動き
二度として同じ模様を見せなかった


鬼神はその部屋に入ると
中央に浮かんだ球体の器に近づいた

器は人面より二回りほど大きく表面は緑の不透明だった

鬼神は袖に隠れていない方の手で球体を掴むと何の気は無しに力を込めた

器は限界を越えた緑の風船のようにグニャリとした直後
鋭い破裂音をあげた






「がっ、はぁ、っ…!」



中からは薄緑の風が解放され
突風となってある程度部屋中を旋回すると

風は鬼神の目の前に集まり咳き込む女の姿に変化した


「流石は風の神、か…弱ってはいないようだ」


急に空気を取り込んだように苦しみ続けるフロルを見下ろし
鬼神は手に残る緑の破片を青い炎で消し去った




「くっ、…なんと、いう仕打ち…!」



「御前達が私に言えた台詞ではないな」


「…全ての元凶は主だ、鬼神!」



鬼神はフロルの癖のある頭髪を荒々しく掴み

色が混沌した壁に放り投げた



「ぁぐ…!!」



「私は気が短い、心が狭い、…知っていたか?」



鬼神はフロルの頭を壁に強く抑えつけ
彼女の耳元で低く囁いた



「百年だ、御前達が与えた百年の空白と、此の屈辱…分かるまい」



フロルは歯をギリっと食い縛り鬼神を見据えようとするのだが
頭を固定されてそれは叶わなかった




「当然の報い、主はそれ程の罪を犯したのだ」


「口を慎め、御前一人で私と同等と思うなよ」



鬼神は更に手に力を込めた

何処からか吹く微風で銀白の前髪が揺れた




「…神が堕ちたのも、勇者を隠したのも、全て主の罪…っ、うっ…!!」



「身に覚えは無いが?」


鬼神がフロルの頭を握り潰そうとした瞬間に
背後から風を感じて鬼神は振り返った

空間の淀んだ空気が風刃となって鬼神を裂こうとするも
鬼神は軽がると右腕でそれを凪ぎ払った


「故癪な」


鬼神の手から解放されたフロルは
自ら作った風によって飛ぶように移動し
混沌とした部屋から抜け出した






フロルは白い神殿の中を駆け巡り神の力を探していた
鬼神によって連れ去られているはずの勇者を探していた

しかしこの建物の中に居ても
トライフォースの力を感じることさえ出来ない



(何故っ…)


焦燥感がフロルの体内を焼くように心に広がった

勇気のトライフォースの存在をフロルは常に感じてきた
誰の手に渡ろうと
現世の何処に在ろうと
トライフォースは彼女に呼応し共鳴していた


だが突然のことだった

勇者と共に勇気のトライフォースの存在が消えたのだ


フロルの力は日に日に衰えることとなった

絶対なる存在と信じて疑わなかった自身の力を
その衰退を恐怖した














「風の神、御前を解放したのはこんな鬼事をする為ではない」




手を下さずとも
勝手に弱っていくフロルを追い詰めるのに大した苦労はなかった




「トライフォースを、何処へ隠したっ…!」



「……、まだ言うか」




床に這うようにしながら尚も鬼神から距離を取ろうともがくフロルを

鬼神は冷ややかに見下ろす

何度か聞いたその言葉を目を細めて考えたが
鬼神の持つ答えは一つだった




「身に覚えは無い、…何故私が勇者を隠す必要があるというのだ」



「なん、だと…!?」



「どうやら、騙されていたようだな」




鬼神は茫然として動きを止めたフロルの頭を踏み付けた



「う、っ…!」


「其の話、誰に吹き込まれた?」





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