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 簡単に言うこと聞いてくれるから
 使い易かったんだ


 ただモンスターを倒すくらいには
 役立つと思ったのよ


 誰があんたみたいな化け物


 あげた名前だって猫の使い回しだし



次々に現われる主人公の幻影が好き放題に勇者の影を罵った

本当に主人公に言われている気がして
勇者の影は彼女が嫌いになりそうだったが
これらはただの幻だと心の片隅で割り切っていれば耐えられた

大体にして本当に彼女がそんな暴言を吐くとは勇者の影には思えなかった


「思いたくなかった」の方が正しいが







「私は、リンクが見つかればそれでいいの」



矢で射ぬかれた時と等しい衝撃でその言葉は突き刺さった

それはハイリア湖で言い争いになったときに
主人公が言った言葉だ


「…クソっ!」



勇者の影は目を瞑ったまま黒剣で幻影を切り裂いた
しかし砂の幻は幾らでも出現し
主人公の姿で主人公の声が繰り返した



 リンクが見つかればいい


  それでいい


 私は、リンクが

 リンクが見つかれば





勇者の影もそうだった

何をしてもどんなに人々の記憶の勇者を食らっても
満たされないこの身体を
この身を襲う虚無感を
埋める為にリンクを探した


もう何年も前に与えられた使命を
リンクを殺すという目的を果たすために

リンクを捜し求めることは自身の存在意義でもあった


リンクが見つかればそれでいい


そう

だけど今それよりも…―






勇者の影はその場に膝を付いて砂上に座った

力が入らない

予想以上に幻影は精神をすり減らしてくれたようだ


勇者の影は目蓋を閉じた
これ以上幻に惑わされないためにせめて視界を遮ったのだが
余計なことを考えてしまって自問する声が聞こえてくる




主人公はただリンクを探すために自分を連れ回していた ?

リンクへと繋がる手がかりだから?

魔物を倒すのに役立つから?



(リンクが見つかれば俺はどうなる…?)










「私はね、勇者の影のことなんてどーでもいいんだよ」





また主人公の声がして
つい反射的に目を開いてしまう


少し申し訳なさそうな顔で主人公の幻影が囁いた
その微妙な表情が妙に現実味があって苦しくなった







不意に耳を覆う両手の感触がして勇者の影は意識を取り戻した

目の前には人のムジュラのニヤニヤした顔がある




「勇者の影の耳…聞こえ過ぎダロ、全部幻だよ」



「……貴様は、…幻影を見ないのか?」



「ボクがこんなお粗末な幻術に掛かると思った?ははっ、ボクはムジュラなんですケド」



勇者の影の目が定まって自分に向いたことを確認して
ムジュラは勇者の影の耳から手を離した


手を離されると勇者の影は力尽きたように砂漠の上に倒れた





「アララ…幻に骨抜きみたいだな」



ムジュラはやれやれと呟き勇者の影から視線を外す

周囲はやはり砂塵の嵐と変わらない砂の絨毯で
人間が生きて越えるなんてのはどうやっても無理な所業にしか思えない


だったら誰が砂漠に名前をつけたのか

なんて疑問はムジュラの楽観的な頭には浮かばない



とりあえずどうやってこの砂漠から出るか
それが問題だった




「魔法はあんまり使いたくないシ…、勇者の影も死んじゃったし…!あれ…勇者の影?」




もう一度勇者の影に目を戻すと

勇者の影の身体は砂に埋まっている

というよりも呑まれている




「うわぁ!ナンダヨコレ!!」



勇者の影の周囲の砂が

何かを目指していくように下へと流れていき
放物の円を描きながら沈んでいく

勇者の影も当然のように砂の流れに埋まっていっていた

ムジュラは砂地よりも少し足を浮かせていて流砂の影響はなかった




「どうしよう…勇者の影助けてやるべきかナ?」



困惑した声に似合わずその表情はどこか楽しそうだった

ムジュラが悩む仕草をしている間に勇者の影は完璧に呑み込まれ




その跡にムジュラは何か見つけた







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