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勇者の影の溜め息が辺りによく響いた

それは静かな空気に反響するように溶けていった



こんな砂嵐の中で息を吐く音が響くなんて
一体どれだけ大きいものを吐き出したんだと勇者の影は驚き顔を上げた



しかしそこに一瞬前の風景は無かった



周囲は自棄に静かで


現実から区切られたみたいに現実味の無い穏やかな空気がある


あんなに酷かった砂嵐は止んでいる


というよりも別の空間に迷い込んでしまったようだったが


状況が飲み込めず勇者の影はぼやけている辺りの景色を見回した







「主人公……?」




勇者の影の立ち尽くすその先に
主人公の姿があった




「主人公!無事だったのか!?」



勇者の影は急いで彼女の元に駆け寄った

不自然なくらい走る靴音が響いていることに勇者の影は気付かなかった




「主人公?」



勇者の影が近寄っても主人公はただ微笑み見上げるだけだった

何か様子が違うことに気付き
そういえば周囲の静けさは何なんだと
空間を見回そうとした勇者の影の頬に


そっと主人公の指先が触れた



勇者の影は不意なその行動に
すぐに彼女に目を戻す羽目になった




「どうし…―」



勇者の影が口を開くタイミングを遮るように

主人公の指が頬を滑り落ち
顎の骨格を撫で

首を囲む金属に触れた



勇者の影はその動きにゾクリと身を震わせた

今までに見たことが無い煽情的な微笑みを近くで目にして

たった今心臓が動き始めたのではないかというくらいに大きくはっきりと胸が脈打つのを感じた



「これ…、外してほしいの…?」



「…え?」



さっきのムジュラとの会話を聞いていたのかと
勇者の影が頭を整理し終わる頃に

主人公の形の良い唇が開き

そこから発せられる声は一文字ずつが印象的に聞こえた







「いいよ…だって、もう君は不要だもの」





主人公が冷ややかに笑う


勇者の影は驚愕と混乱と疑念と
多くの感情が一挙に交錯してフリーズ状態になった






  不要 …  ― ?








首輪外すために主人公の両手が近づいてくる



「な、…何故…」



勇者の影の体は動かなかった



そんな言葉を聞きたいのではない


そんな理由で首の拘束を外してほしくない



俺は














「勇者の影!おーい?」





「――!!」



ムジュラの声と共に周囲の砂嵐が戻ってきた

旋風に運ばれる砂塵が耳の横を掠める細かなの音
急なギャップのせいでそれはとても煩く感じる

目の前にあった主人公の姿は消えていて
代わりに居たのは大嫌いなムジュラの姿だったが


今見た悪夢のような映像よりはまだましだった




「何ボーッとしてんのサ」


「…っ、今のは?」



勇者の影はハッとして急いで首に手をやる
そこにはしっかり金属の感触があり
ついつい安堵している自分に勇者の影は気付いた



「どうせマボロシ見たんダロ、幻影のサバクだし」


「…俺が、見たのか?」


勇者の影が前回ここを越えてゲルド砂漠に行った時には
そんなものは塵ほども見なかったというのに
ついさっき勇者の影は完全に幻影に捕われていた





「そんな、馬鹿な」




「馬鹿は勇者の影でしょ」



またしても主人公の声を聞き顔を上げると
ムジュラの仮面が浮いていた位置に主人公が立っていた



「貴様は、幻なのか…?」



「はぁ?もー勇者の影ってば意味分かんない…ほんっと馬鹿ね」



呆れた口調で何度も馬鹿呼ばわりしてくる彼女が
今度こそ本物だろうかと
勇者の影が少し顔を綻ばせたとき






「馬鹿過ぎて笑えるわ…自分が利用されてるだけって、気付かなかった?」





主人公の姿は風に吹かれて砂の粒子へと戻っていく






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