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『貴様は、知らないだろ…』




主人公が湖の岸に立ちローブに染み込んだ水を絞りだしているとき
水滴が水面に合流する音に紛れて数分前の勇者の影の言葉が思い出された



勇者の影は泣いていた


知らぬ間にどんどん人間味が増していく勇者の影に
驚きというか動揺というか
微妙な戸惑いを主人公は感じていた



(そのうち誰かに恋でもしたりして…)


主人公はまた奇妙な妄想を膨らませてすぐに笑い飛ばした

人の姿をしているとはいえ
魔王の力によって生み出された彼は少なからず「魔物」の部類に入る
そんな勇者の影が色恋に興味を持った時点で
悲運の結末が目に見えているのだ


そう考えると
魔物と位置付けられる全てのものは
どうやら可哀相な存在のようだと主人公は思った


「神さんも…また、残酷なこと」





ローブの皺を伸ばそうと広げると
予想以上に大きいそれの裾布がハイリア湖の水面に触れてまた濡れてしまい
主人公は一人小さく唸った
不快な顔をして適当に絞り直したローブを陸の上に投げ置く

そんな彼女の不機嫌を知ってか知らずか
傍らに横たわっていた勇者の影の体が寝返りをうち
何かにうなされた悩ましい寝顔を見せた


勇者の影はあの後にすぐ眠りに落ちてしまって
結局どうして自分達がハイリア湖にいるのかというこの現状は把握できていない


主人公はふと勇者の影の顔を観察した
そして自分がされたように彼の頬をつねってみた

勇者の影の身体は影と記憶でできているらしい
人々から記憶を奪って
そうまでしてリンクと同じ姿になっているというのだが
果たしてその理由は何だろうか




「リンクってこーいう顔なんだ…性格もこんなんかな」




頬を摘むのもそこそこに
今度はぷにぷにと突いてみる
勇者の影は眉を寄せて更にうなされた表情に磨きをかけた









「早く……リンクが見つかればいいのに…」





勇者の影は右手を握り締めた


するとそれに反応するように
手の甲に紋様が浮かびあがり鈍い光を放った




「うげっ!ちょ、今!?ちょっと待って…、まだ喋らないでよ!」



主人公は慌てて立ち上がり
勇者の影から数歩離れながら手の甲に喋り掛けた

周囲の様子を伺い挙動不振な様子で誰にも見られない岩影に身を潜めた








《 気分はどうです 》




右手に浮かんだ逆三角形から声が発せられた
それは女の声だったが揺るぎない意志を持つ響きだった
それはどこかゼルダの毅然さに似ていると主人公は感じていた



「あんたが私の心配なんて…気持ち悪いわ、ネール」


主人公は囁き声でそれに答えた
もう一度周りに誰も居ないことを確かめてから主人公が問い掛けた



「とにかく現状がよく分からないから教えて…どうせ私を監視してたんでしょ?」


《 …貴方は道を誤ったのです…光を奪われ、全てを失いかけた貴方を勇者の影が泉へ運びました 》



「…そーいえば、影の世界への入り口に…入ろうと、して…?」




確かに主人公は黄昏時に
平原上の勇者の影の影へと足を踏み出した
そこで無数の黒い手に襲われた

そこから意識が途切れたのだ




(いや、意識はずっと…別の所で働いていた気がする)


影に侵食されていった時
同時に何かが流れ込んできた

それは「彼ら」の感情だと今なら確信できる


主人公は左手の指を軽く顎に添えて考える仕草をした

主人公の意識が暗い世界にあったときに見た
黒い姿の人々は頻りに訴えかけていた




― 光が欲しい


   光が足りない ―







「あれは…影の世界の住人…?光を欲しがっていた…―」




《 貴方は道を誤ったのです、主人公 》



手から聞こえる声の主、ネールが一段と威圧するように言った
主人公は考えを遮られ
無意味だと知りつつも自分の右手に強く視線を送った






「道を誤ったって何?…影の世界には行くなってこと」


《 貴方は光を奪われたのです…影の者達によって 》


先程から同じようなことしか言わないネールに苛立ちを濃くした主人公が
問い詰めようとする前に言葉が続けた



《 影の者達は光を求めすぎています…その闇は光の世界にも溢れだそうとしています…光の世界の住人である貴方がそこに踏み入れば、存在の全てを奪われることに…― 》


「…今日はよく喋るね…つまり何?そこまで私を行かせたくないってことは、影の世界に時の勇者は居ないって言いたいの?」


《 …………… 》


「だったら勇者は何処に居るの?ネール、あんた本当は勇者の行方知ってるんじゃない?」



主人公はなかなか答えようとしない声の主に口調を強めた


彼女には知らされていないことが多かった
勇者が消えた理由も
彼女が勇者を探す理由も

だが主人公は従うしかなかった






《 私達は…多くを語ることは出来ません…ただ、私は、常に貴方の…神のお側に在ることを忘れないでください 》





消えていくネールの声と共に
色を戻していく手の甲の逆三角

主人公は苦汁の表情で右手の上に左手を重ねた










「私は…神を信じない……」





「神がどうしたノ?」




不意にかかった声に主人公が顔を上げると




「ムジュラぁ!?」


人型ムジュラがコッコを掲げた格好で空からゆっくり下りてくる光景があった

また妙な遊びを覚えたのかと驚いている主人公をニヤリと見下ろし
ムジュラはまだ高さのある空中にいるにもかかわらずコッコから手を離した




「えっ、ええーー!?」



「主人公ー!」



満面の笑みで突っ込んでくるムジュラから主人公は逃げる間もなく
そのまま受けとめ背中から地面に倒れこんだ



「生きてたんダ、主人公#」


「いや、死んだよ、これ…私、頭から血出てない?」


苦しそうと言うより怠そうに主人公はムジュラを見上げる
ムジュラはきょとんとした後に妖艶に微笑み呟いた




「ホントだ…血、出てるよ、クヒヒ…」


「――!!」



ムジュラは全く無傷の主人公の額に舌を這わせた

主人公はビクリと肩を跳ねさせ
もう一舐めされてから自分が何をされたのかに気付いた



「ムジュラ…っ、何して…―」


主人公は自分を見下ろすムジュラの肩を押し返してみたが
ビクともせずにムジュラは舌を目元まで下ろしてきた




「こ、の…っ、調子に、のんなぁぁぁっ!!」




 バキっ





主人公は自身の額を思い切り目の前に打ち当てた
頭がクラクラして脳が揺れる感覚の中でムジュラを見れば
額から血を噴き出して仰向けになっていた



「はぁ……マジで死ぬって…」



自分の額からも流れ滴る生暖かさに嫌気が差していると

岩影の向こうから叫ぶような声がした

今度は何だと主人公がそこに向かうと
やっと起きた様子の勇者の影が、黒コッコの首を鷲掴みにして目を丸くしていた
多分先程ムジュラが下りてきた時に使っていたコッコだろう
ムジュラから手を離された後もゆっくり降下して勇者の影の元に落ちたらしい



「っ、…主人公、か…どうしたんだ、その血は…」


「いや、君の方がどーしたの…叫び声聞こえたけど」

勇者の影は流血した主人公の顔から手元のコッコに目を戻した


「目が覚めたら…この鳥が、居た…から」


余程混乱しているのか
しどろもどろに言葉を紡ぎだす勇者の影に主人公は首を傾げ
勇者の影は言いにくそうにしながら小声で言った




「主人公が……その、…鳥になったのかと」



「……………………」


主人公はまず溜め息をついた

目が覚めたらコッコってのは一体どんなファンタジーだ、と言うべきか
私の変身した姿だと思ったのにそのコッコの首絞めるってどういう了見だ、とツッコミを入れるべきか

迷った挙げ句の溜め息だったのでとても重みがあった





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