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長い年月を経ても変わらない景色がある





聖地の中心に永久に立ち聳える白い建物の群れを
神々は光の都市と名付けた

彼らの生きるその世界に「変化」というのは久しく目にしていないものの一つだった

影の世界と光の世界にある境界よりも明確に
この聖地は酷く隔絶されていたからだ




彼らは変化を何よりも恐れた


神々がこれ以上の変化を遂げるならば
それは「進化」ではなく「退化」でしかない

それを恐れた神々は幾千の年
外界の生き物との交わりを絶ってきた









鬼神は神殿奥の広間に悠然と座り
壁の円窓から覗ける光の都市を眺めた

自身が封印された百年前と
何の原因でかは不明だが封印の解かれた現在の
その都市の景色に寸分の変化も見られないことを嘲っていた


都市の中央に天を突き刺すように聳える塔は
かつてのハイラルと道を繋いでいた場所
時の神殿と表裏の関係にあり
三大神が存在する光の神殿だった






(奴らも偉くなったものだな…)






「こちらはどうでしょうか…一里先まで鮮明に観ることも可能ですよ」




肘掛に置いた右腕で頭を支える上の空の鬼神に
構わず語り掛ける男が鬼神の目の前に居た

目を細めてタカのお面を差し出して見せるその男は
商品であるその面にうっとりとした表情で笑みを向けている
まるで売る気など微塵も無い様子でホークアイの使い道を褒めちぎっていた



「そんな物は要らぬ」



胡坐をかいて寛ぎながら鬼神が笑い飛ばすと
それなら、と次の被り物を背負い荷から取り出す男に
鬼神が軽い制止をした




「私が欲しいのは面ではないぞ…」


「そうと言われましてもねぇ…ワタクシは幸せのお面屋ですから」



お面屋は残念そうに唸り
広げていたお面の列を片付けていく
様々な特徴あるお面の一つ一つに思い入れがあるのか
決して傷の付かないように丁寧に背負い荷の中にしまい入れている





「私が欲しい物は鏡だ」



「鏡と言いますと…『陰りの鏡』でしょうか?」



鬼神が少し身を乗り出すと
お面屋は細い目を更に細めて厭らしく笑む


白い神殿内に不釣り合いな笑い声が響く





「陰りの鏡は消滅したのだろう?世界に二つと存在はしないはずだ……私が欲しいのは其方ではない」



「ほっほっほ…そうでしょうか……確かに同時に二つは存在し得ないと思いますが」



「……何かを知っているように聞こえるぞ、面屋」




ハイラルと影の世界を繋ぐ陰りの鏡が消滅したというのは
もはや一般常識として何処の世界でも根付いていた
百年封印されていた鬼神の耳にもそれは届いている

しかしお面屋は意味深に笑みを深くする



「ワタクシは旅すがら多くの噂を耳にしますので…ああ、こちらがお求めの『うつしよの鏡』ですね」



お面屋は明らかに荷袋の要領を越える大きさの鏡を取り出してみせた
人が姿を映すのには十分過ぎる程の大きさで
縁を人の腕をかたどった彫刻が囲んでいる




「美しき現し世を見せる、神々の持ち物です」


「説明など不要だ」



鬼神は鏡を寄越すようにと手を伸ばすが
お面屋はにやにやしながらとぼけたように動こうとしない





「こちらの鏡を手に入れるのには、それはそれは苦労いたしました…ええ、そうです…貴方様が神といえども、そう簡単には…」



「何が望みだ?」



鬼神が嘲笑うように問い返すと
今まで笑いに細めていた目を薄く開き
お面屋は回りくどい言葉を省いて恭しく答えた





「今しばらく、ワタクシの命を延ばしていただきたいのです」



「何故」









「ムジュラの仮面を見届けるためです」





鬼神は懐かしい名前に関心したように声を漏らした


















うつしよの鏡の前に立ちそれを覗き込む

鬼神の目には三人の人間の姿が映った




しかしどの三人もただの人間と分類できるものではないと鬼神は気付いた




「……『神』が、目覚めたと…勇の神が言っていたのは真実だったか」




鬼神は鏡の上からそこに映る一人の女の顔に手を添えた

目を細め
ガラス一枚の向こうに実際に彼女が存在しているかのように錯覚していた



彼女の傍らには男が二人


勇者の影と呪いの仮面の化けた姿がある




それを確認した鬼神は思わず
鏡上に置いていた指に力を込め
滑らかな表面に爪を立てた

鏡の中の女は依然として腹立たしいという表情を保っている




「あなた様の力ではせっかくの鏡も割れてしまいますよ」



「……ムジュラの仮面を見届けたいと……そう言ったな」




瞳を紅くする鬼神に
お面屋は絶えず穏やかな声で対応した





「はい、どうでしょう…鏡のデザインも、映し画の質も申し分ないと思いますが…お望みなら音声もお付けいたしましょう」



「延命などと…、私には不可能と知った上で言うのか?」



鬼神は背後で揉み手を続けるお面屋に振り返った

お面屋はこれ以上無いほどに口元を笑わせた



「ええ、なにぶん…ワタクシにも、世界にも、時間がありませんので…」



「ならば……神のことを聞かせろ…面屋、御前の知る現在のハイラルを」




幸せのお面屋は含み笑いをして肩を震わせた

組んでいた手を開き

その腕の中に何かを抱えているようにして独特の語り口調を始めた






「そうですねぇ…まず、何から話せばよろしいのでしょうか……―







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