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「お、もっいー!」



主人公は勇者の影の鎖を引いて泉の洞から出た
荒い地面に引き摺られても勇者の影は起きない


外では広大な湖と
それ以上に深く広い夜明け空が出迎えた


「…砂漠を目指してたのに何で湖に」


主人公は何がどうなったらハイリア湖に行き着く結果になるのかを推測したが
まず自分の意識がいつ途切れたのかも分からないのでは話が進まない

主人公はまだ眠る勇者の影を眺めた
よくこんなに引き摺られているのに寝ていられるものだと感心した

勇者の影の寝顔は安らかに眠る死人のようだと主人公は思った
自分よりも白い肌は少し病人のようにも見える



(勇者の影が…病人か)


主人公は病の床に就く勇者の影の姿を想像した

重病人だというのに黒い寝巻が似合う彼が
ベッドから木枯らしに揺れる木の葉を物哀しげに見つめている
時折酷く咳き込み
苦しい様子で渋々助けを求める勇者の影



(ありえないわ!ありえないけど似合わないわけでもないっ!!!)


主人公は一通り笑いを堪えた後

勇者の影は普通より頑丈だと思い直し
ニヤリとして鎖を持つ手を振り上げた





「おっ、はよー勇者の影!!!」



主人公は目の前の湖に勇者の影を投げると
勇者の影の身体は弧を描いて水面を叩いた
直後に派手に上がった水の飛沫がパラパラと雨のように降る

湖の波が静まる頃に
勇者の影が浮かんできた
最高に不機嫌な表情で





「おはよう、勇者の影くん!」



主人公が明るく笑むと

勇者の影は目を見開いた






「…主人公」





勇者の影は消え入りそうな声で囁く

主人公は意外にも勇者の影が怒らないので
いつもの調子が狂い焦りを覚えた


「あ、の…勇者の影…っ―!!」



勇者の影の側から鎖を引かれ
主人公も湖に引き込まれた



「ぷ、っぶはっ!勇者の影!?」



早朝の水の冷たさに
軽く溺れる主人公を近くまで引き寄せ足が付いていることを教えてやる


勇者の影は彼女の輪郭を掴むように確かめた

もう何の表情も見せない主人公ではない


笑顔に目を細めて
すぐに不機嫌な表情に変わって
自分の名を呼ぶ




「勇者の影っ、勇者の影、痛い!」




勇者の影は込み上げてくる何かの感情を紛らわそうと
無意識に主人公の頬をつねっていた手を離し

空いた手の虚しさを埋めるために
濡れる彼女の身体を抱き締めた



「何っ!?ちょっとセクハラじゃ―」


「貴様は、知らないだろ…」



煩く騒ぐ主人公を黙らせる言葉に
勇者の影自身が内心で何度も頷いた

主人公は知らない
勇者の影が想うことを

あんなにも冷えきっていた心が
今では収拾がつかないほど熱く揺れる



この感情は何だろう




勇者の影はもはやしがみ付くようにして主人公の腕を掴んだ

水面のすれすれに俯いて
主人公が覗き込もうとしても表情が見えない

ただ微かに肩が震えていることに主人公は気付いた




「勇者の影…もしかしてー…泣いてる?」




「黙れ…」







これは何だろう

悲しくもないのに流れる水滴は

悲しくなどない

むしろ暖かい感情








主人公は仕方なく小さい子供をあやすように頭を撫でた
灰色の髪が滴を纏って銀色になる


勇者の影が触れる彼女の肌は
冷たくとも奥に確かな熱を持っていて
それをどうしようもなく欲した手が強く腕を掴む








どうかこの先も


彼女が自分に笑いかけてくれるようにと



勇者の影は初めて神に祈っていた











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