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水面で揺れる自身の身体を

目を閉じながらに感じる



何処からが水で
何処までが自分の肢体かの判断が難しかった

冷えきった身体は水温を感じ取る感覚も痺れている




また水に溶けてしまうのだろうか


誰かがこの水面に姿を映すその時を
長く待ち続けるしかないのだろうか



勇者の影はそんな選択肢を拒絶して目を開いた

それからハイリア湖の隅に黒い姿を浮かべている自分の現状を理解するのに少し時間が掛かった



(…俺は水には戻らない)


勇者の影は誰かに言うでもなくそう思った

以前よりも強く、捏ねる子供のように拒絶した


自分自身を失うことを恐れている自分に勇者の影は気付いた

破天荒な女が与えてくれた名前と勇者とは違う自我を

そしていつの間にか大切に想ってしまっていた彼女の存在を




手放したくない







勇者の影が目を開いた近くの岸に
ぐったりした主人公の姿があった

また少し色彩がぼやけてしまった気がして
勇者の影は胸の奥が締め付けられる感覚を持った






「主人公…」



勇者の影は水を吸って重くなった服の煩わしさも気にせず主人公に近寄る

怖ず怖ずと彼女の頬に手を置く
白くて柔らかい肌をなぞる
勇者の影は主人公が存在していることと
本当に触れても大丈夫なのかということを確認した

水に浸かる主人公の体を岸に引き上げるが
勇者の影は上手く力が入らず
主人公と一緒に岸辺に倒れた


「っ…、何だ…身体が」


縛られているように身体の動きが鈍く感じられる

勇者の影は上に視線を投げた
高い空を分断するように
自分達が落ちてきた大橋が伸びている

いくら今日は戦闘の機会が多かったとはいえ
無理に高い場所から落ちたとはいえ
自分はこれくらいで音を上げるようなひ弱な身体ではなかったはず



(主人公ではあるまいし)


もう主人公の体力の無さを指摘することは出来ないと自嘲して
勇者の影は痛む腕で彼女を抱き上げる







《 影の者よ…こちらへ 》




後ろからの声に勇者の影が振り向けば
奥から光を放つ洞がそこにあった

大蛇の石像が脇に飾られ
何かを祭る文字が刻まれている



「…精霊の、泉か」



勇者の影は半ば身体を引き摺り
その声に導かれるまま洞窟に入った




中の空間は植物の巨大な根に支えられた洞穴になっている
小さい妖精の群れが漂い
底に湧く泉はそれ自体が光を放ち
壁に水面の揺れる模様を映し出していた



だが精霊らしきものの姿は見当たらない

勇者の影は一頻り泉を観察した後
主人公を地面に下ろした






「主人公に、光を…戻してくれ」




勇者の影はそこに膝をつき
重い身体を俯せに投げ出した

湿った草の匂いを
漂う小妖精たちの羽風を感じる
勇者の影がそこに存在している証拠だった


主人公は
同じくこの泉に居る証拠を見つけだしているだろうか


恐らくそれは無い可能性だ

未だ主人公は死んでしまったように動かないから





「はぁ…、っくそ…」



勇者の影の擦れていく視界には最後まで瞳閉じたままの主人公の顔があった

何故こんな時に身体が動かないのだろう




主人公が

たった一言でも声を出してくれたら


自分の名を

呼んでくれたら


その目で見つめ返してくれたら






そう切望する度に

勇者の影の身体は力が抜けていく


一瞬に暑い程眩しい光が勇者の影の視界を白くして
主人公を強く照らした

意識を手放しかけていた勇者の影には
ただ視覚が機能しなくなっただけかと思われた








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