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ムジュラは走りつつ後ろから追い掛ける勇者の影の様子を見た
何をぼんやりしているのか知らないが、あまり前を見ずに俯き気味で勇者の影は走っている



(勇者の影が先行かなきゃ道分かんないのに…)


勢いで前に来てしまったものの
南西という情報しか与えられていないムジュラは
あまり確信もないまま先行することに気持ち悪さを感じた


(ま、道間違えたら勇者の影のせいだし)


平原はとうに越えて
彼らは岩肌の露出した砂利道をを進んでいる
それなのに何を考えてかムジュラは裸足で
痛がることもなく確実に走っていた
その男に言わせれば、痛くもないのにナンで痛がるのか、というぐらいのことだった

ムジュラは地面の少し上の空気を蹴って走っている
軽く浮き上がっている状態だ




「ムジュラ」


それに気付いた勇者の影が声を掛ける
ムジュラは短く返事をする、未だ不機嫌さが伺えたが、次の勇者の影からの質問に少し気を良くした



「貴様のそれも、…あの魔法のようなものか?」


「よく分かったネ、勇者の影のくせに…ボクに不可能はナいんだ」



ムジュラは横長に笑んだ唇の隙間から微笑を漏らした
だが勇者の影は小馬鹿にされても何も反応しない
だからムジュラは徐々に笑みを消す


腕の中の主人公はムジュラの走る振動でいくらか揺れるものの、自ら動くことはない

自分に反抗、という名の虐待をしてくる主人公の元気がない

それが一番退屈で仕方がなかった

自分に何の反応も示さないモノなど壊れたオモチャに過ぎない
そんなものは捨ててしまうに限るのだ





「執着なんテ、…愚かな人間のするコトだ」



先程の怒りに任せて主人公を見捨てることは簡単だった

主人公が動かないのも
勇者の影があっさり謝ったことも
面白くないことばかりだったのに


それでも未だ主人公を捨てていない理由は
依然として小声でそう言い張るムジュラには説明できない










道の悪さを簡単に越えて進み
急に開けた道の先に建築物を発見する


「勇者の影、なんか橋があるけド」


「ハイリア大橋だ…」


二人が走る先には最早使用されない関所跡が見える
その大橋はハイリア湖を抱える谷を渡しているものだ

この道を走ってきて本当によかったのかと戸惑うムジュラを追い越して勇者の影が再度先に出た


橋の石造りに勇者の影の靴音が鳴り
ムジュラもそれを追い掛ける

関所を通り過ぎるとき
潜む何かの気配に気付いたのはムジュラだけだった





「勇者の影!」


「何だ」


「この橋から飛び降りれば湖デしょ」


橋の上からの高い距離を挟んでも
眼下に広がるハイリア湖は広大だと分かる

確かにこの橋から飛び降りれば一直線に着水も可能だが
勇者の影はその提案には同意できなかった


「主人公が危ない」


橋から湖までの間は、並の人間が落ちて助かるような高さではない
いくらムジュラの魔法を持ってしても
そのムジュラがクタクタだと零していた上に、主人公は普段よりも弱っているのだ

回り道をして湖畔に向かうのが常套となる





「だったら早く行ったほうが……て思ったケド遅かったネ」


ムジュラが背後に視線を送ると
その方向から飛んできた炎が夜の景色を貫き
ムジュラと勇者の影の間の足元に突き刺さった




「また魔物か!」


勇者の影がその場を飛び退くのと同時に何十もの炎の矢が二人に飛んでくる
ムジュラは片腕に主人公を抱え片腕の袖布で矢の群れを払った

先程通過したばかりの関所跡からわらわらと湧き出てきた魔物と遠距離から狙いを定める狙撃隊が
暗闇の中でも目を光らせている


勇者の影には納得できないことがあった

こんな数のモンスターが息を潜めて隠れていたということに
何故自分が気付けなかったのか、と


彼は自身の変化に未だ気付かない






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