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勇者の影は苛立ちで低くなった声のまま話題を変える
せめてもの抵抗のつもりでもあった
それに反応したように、平原の草地を撫でていた夜風が止んだ


「ムジュラ…貴様は欲に塗れた人間の体が欲しいのだろう」


「あー、そんなこと言ったナ…それがナァに?」





「だったら、さっさとハイラルの何処へでも行けばいい…何故主人公に拘る」




勇者の影の言葉を聞くと
ムジュラは一瞬顔を歪めて足の動きを止めた




「ボクが何?」



勇者の影も走行を止め
ムジュラの方に顔だけ向けた

ずっとヘラヘラと笑みを絶やさなかったムジュラが
無の表情で勇者の影に視線を返している

信じられない事実を突き付けられたような唖然顔が張りついても見えた







「主人公に拘るのは何故か、と聞いたんだ」





ムジュラの理解不能な心情など知るわけもないが、少しでもダメージを与えられたらと
勇者の影がそう言い終わらないうちに

ムジュラは突然その腕から力を抜いた

主人公が重力に従順に落下する
鈍い音を立て地面に打ち付けられた主人公の体から
その衝撃でまた少し光の雫が零れ
月光に紛れていくのを勇者の影は見逃さなかった




「ナに?…コダワル?拘るってナンだ?…オレサマがこの女に…?オマエ、本当にバカか」



仮面の姿の時にしか使わなかった何重もの声で
ムジュラは叫びに近い笑いを夜空の下に響かせた


勇者の影は目を細める

以前にも仮面に問いかけたその返答と同様の言い分、だが
ムジュラの言葉はただの子供の強がりにしか聞こえなかった
この男のどの行動をとっても、主人公に執着していないと決定づけるものは見られない

それでもムジュラは当然のように否認する



「オマエはオレサマが居なイト主人公に触れナイだろ、オレサマがイナイト何もできナイくせ二…っ、ムカつくコト言うナ!!」



また段々と笑みを消していくムジュラから
その足元で仰向けになっている主人公へと、勇者の影は視界を動かす

死んだように動かない彼女を見れば見るほど
頭の中は真空になってしまったように、無音で動かなくなる



勇者の影はその心地の悪さを嫌った

この張り詰めた空気をぶち壊す主人公の怒声が
今は失われている








「……悪かった、…俺だけでは、主人公を助けられない」





言いながら握り締めた拳の中で、自身の爪が食い込むが痛みは無い

勇者の影はその身の無力さを悔いていた







「…手を貸してくれ」






緑の目を数回瞬いて、ムジュラは未だ納得できないと表情に出るのを堪えて唇を噛んでいた

屈辱を押し留めて頼み込む勇者の影など、本気で面白くないのだというように
怒りを通り越して、泣きそうにすらなっているのだ



「…ふーん……別に…いいけどぉ?…ボクも今日はクタクタだから急いでヨ」


怠そうな溜め息をわざとらしく吐き出しながら
ムジュラはパッと姿を消した直後に勇者の影のすぐ前に姿を現す
その腕にはしっかりと主人公の身体を収めている

勇者の影を急かすようにまた姿を点滅させてムジュラは先を走った


勇者の影は意外にも素直な人型のムジュラに目を丸くした

それも束の間に
勇者の影はムジュラを呼び止める



「おい、湖はそっちではないぞ、こっちだ」



「………」



二つに分岐する道の片方に進もうとしていたムジュラが振り返った



「……勇者の影、そっち北じゃないの?ほら月が昇ったのが東でしょ…だから南西の湖はコッチ、分かる?」



「…………」


「バァァーか、キヒヒっ!!」





ムジュラは耳飾りを小さく鳴らしてそのまま平原の先に走っていった








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