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冷風がハイラルの夜を知らせる

夜空の下に眠る者に夢を見せる風ではなく
か弱い者を凍えさせる空気の流れ




主人公を引き摺り上げてから
彼らはその場を動いていない



勇者の影は立ち尽くして
ムジュラの腕の中の主人公を見ている


世界は時を刻み続けるが
勇者の影だけは先刻からまったく進まない時計に閉じられているように瞬きもしない





「主人公…目開けないネェ」



ムジュラがニヤニヤしながら夜闇でも光る緑の視線を勇者の影に送った




勇者の影は待っていた

主人公の目が開かれるのを無意識に切望していた
またすぐに自分を怒る声が聞けるものだと思っていた
危険な目に合わせたことを
早く助けてやらなかったことを
逆恨みする理不尽な言葉を聞けると

しかし主人公はピクリとも動かない





「入り口も閉じちゃったな…キヒヒ」




地面に突き刺さる光の矢

そこに確かにあった筈の「入り口」は
今では何事もなかったかのように澄ました表情で草原となっている


ムジュラが主人公の頭を撫でる

主人公は夜の暗さに今にも同化してしまいそうだった
ぐったりとした彼女の手の指先は暗い半透明色になっている



奪われた光はもはや取り戻せないだろう


勇者の影の心中は不思議な程穏やかだった
主人公が動かないのに、ムジュラに抱き留められているのに

冷たい膜のようなものが
腹の底で煮えたぎる感情を覆っていた
ただ握り締めていた手の内は汗をかいている



「…勇者の影、どうするノ?」


どうすればいいのか
どうすれば主人公の意識が戻るのか
勇者の影は静かにその為に取るべき行動を考えていた

光を奪われた者が
助けを求めに行くところは

こんな時リンクならばどうしているか










「光の精霊…」




「…んー?何?」


「精霊の泉は…ハイリア湖が近い」


「何の話サ」



勇者の影はようやくその地点から動き
ムジュラの手から主人公を奪おうとしたが躊躇った

自分が触れていいのか分からなかった

あと少しでも光が減っていけば主人公が消える気がして手を引っ込めた




「…ハイリア湖に行くぞ…ここから南西だ」



勇者の影はついてくるようにとムジュラに目配せして足早に歩き始める
ムジュラは肩をすくめて立ち上がり
主人公を抱え直してその背を追うのに急いだ















「でもさぁー朝まで待ってからでもいいんじゃないノ?」



一刻を争うように平原を駆ける勇者の影の後ろを
しぶしぶ追い掛けるムジュラが呟く

その声も勇者の影は拾い上げて
後方で危なっかしく主人公を抱えるムジュラを睨んだ



「主人公が消えたらどうするノ?あのモンすターみたいに呆気なく、サ」


楽しそうな様子で主人公の額に口付けをするムジュラを見ても
麻痺した勇者の影の感情に訴えるものはない

しかし黒く霧散していった影の使者の姿を思い出すと
勇者の影は僅かな恐怖を覚えた



「随分と機嫌が良さそうだな」



気を紛らわすために
後ろのムジュラに聞こえるように声を大にして勇者の影は言う

あれだけ主人公に懐いていたというのに
この仮面の男は悲しむどころか
ある種の余裕を持ってこの状況を楽しんでいるように見える



「マァね、すっごく楽シいかなぁー、なんでか知りたい?」


ムジュラが今にも笑いそうになるのを堪えて
主人公を抱える手に力が込められる

勇者の影はいつの間にかギリギリと歯を食い縛っている自分に気付いた

ムジュラの現在の心境など知りたくもない
あの癇に触る声がベラベラと機嫌の良さを喋るようなことがあれば
それを聞き取る自分の耳を切り落としたって構わないと考えた







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