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それは一瞬だった
否、もっと短い刹那


喜びに目を細める主人公には見えていなかった






「主人公」



呼び掛けたのは勇者の影よりもムジュラが先だった

勇者の影の日陰から黒い水飛沫をあげて
影色の手が幾つも現われ
主人公の両足をその中に引きずり込む



「やっ、なに…これ――!」


抵抗しようとする主人公の体は突然
弾丸に射ぬかれたかの様に弾かれた

身体からは血や弾となるものではなく
強い光を放つ妖精程の玉がいくつも飛び出した




それはほんの一瞬だった

光の玉は放射状に主人公の身体から離れていこうとする
それを影からの手が餓えた獣のように奪っていく



「なんか…っ、体が」


まだ物足りないとでもいうように影たちは主人公を沈めさせ
次第に主人公の体が下から上へ
徐々に影の黒に支配されていく


それは勇者の影が人から記憶を奪い取る様子と似ていた

物体の内側まで無理に入り込む侵食
欲する物を抉りだすための動きだった
だが勇者の影がそうしてきたものとはわけが違う


勇者の影には一目で理解できていた
この影共は光の世界の人間から『光』を奪い取っている



そうして光を全て抜かれた人間はどうなるのか




それは暗闇となり実体を失うということだ









「主人公!!」



勇者の影は地面にのめり込み影に溶けようとしている主人公の腕を引き上げる

影の主である勇者の影がその場から動いたことで
入り口のそれらは不気味に揺れ動いたがそれすらも気にならない



だが勇者の影の手では主人公の体を引き戻すことは叶わなかった

勇者の影が掴んだその手首からも影への侵食が始まることになってしまった



「なっ、何故だ…っ」



勇者の影は黒く染まり始めた彼女の手首から慌てて手を離す
自分の手の平を返して見ると
俄かにそこは光の明るさを持っていた

それは影である勇者の影が触れても
同様に光を奪うことになるということだった






「主人公!!」






「っ… 勇者の影」




触れてはいけない


鎖も手放されたまま



勇者の影は何もできず主人公の名を叫んだ









「クフフ、邪魔だよ勇者の影」





勇者の影は後ろに突き飛ばされ主人公との距離を広げられる

人型に姿を変えたムジュラが主人公の手首をしっかりと掴み地上に引き寄せた

ムジュラが主人公の矢立てから四、五本の光の矢を取り勇者の影の影に投げ込むと
それは一瞬に電光が走ってただの日陰になった



ズルリとまだ粘着質な黒い液体を引き摺りながら
ムジュラの上に倒れこむ主人公の意識は無く
光を奪われ明度を失ったその体は暗色になり黒い靄が未だ体を取り巻いている



「主人公…!!」


直ぐに近寄り彼女に触れようとする勇者の影の手を
ムジュラは非情に叩き払った




「今は触らない方がいいと思うヨ…まだ侵食が引かないからサぁ」



とても大事な壊れ物でも扱うように、横たわる主人公の頭を撫でながら
ムジュラは勝ち誇ったような目で勇者の影を見た


勇者の影は払われた手を握り締め
堅く閉じられた彼女の目の色を想った









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