勇者の影は目を見開き
瞳の紅色が炎の様に赤く変色した
勇者の影は二人の様子をはっきりと頭で理解する前に体が動いた
「このっ、…下劣な仮面が!!」
瞬時に主人公の元に移動し
何の躊躇もなくムジュラに黒剣を突き刺した
「ぎゃぁぁ!!ちょ、勇者の影!」
「あははー何ムキになっちゃってるの、勇者の影?」
ムジュラに避けられた黒剣は地面に埋まり衝撃で平原を抉った
主人公にも当たりかけた
それにも気付かず勇者の影はムジュラとの距離を詰める
「貴様こそ、その姿は…何の、つもりだ!!」
「んふふー?主人公が気に入ると思ったんだよネ、この顔」
ムジュラは素早くもないゆるりとした動作で勇者の影の剣を受け流す
軽快に舞うその様子にまた勇者の影は苛立ちを募らせた
「勇者の影ー、案外弱いんじゃナイ?、アハハっ」
ムジュラは異民族の衣裳をなびかせ後ろに跳び退き
両手の掌を勇者の影に向けると
昨夕の影の魔物を相手にした時のように
紫色の波動が空間を埋め尽くした
それによって勇者の影の動きを強制的に停止させようとしたのだろう
だが勇者の影は身体を縛り付けようとするその空気を黒剣で凪ぎ払い
序でにムジュラの黒紫の細い毛髪の先を切り落とした
「うぇっ!、な、なんで止まらないのォ!?」
「俺に貴様の魔力は効かないと、言っていただろうが!」
勇者の影の剣がムジュラの喉元に入ろうとした瞬間
「勇者の影!…ムジュラぁ!!」
― ゴんッ
「っ痛ーー!!」
「イッタァァァーーーイ!!!」
突然後頭部に主人公の跳び蹴りをくらった勇者の影はムジュラと額をぶつけ合わせ
正面衝突したその二人は地面にのたうち回り
間を制して主人公が仁王立ちしていた
「いー加減にしてよね、…何が楽しくて朝から派手にやらかしてんだか!」
(…誰のせいだと思ってるんだこいつは)
頭を抱えて泣き叫ぶ美人を余所に
勇者の影は色の落ち着いた瞳で主人公を睨んだ
「砂漠に行く前に、気になるのは、昨日の黒い魔物のことよ」
主人公は猪の肉を焼く焚き火の前に座り
木の枝で昨夕の魔物に似せた落書きを地面に描いた
「奴らは恐らく…影の世界の者達だろうな」
勇者の影は未だ額を擦りながら不機嫌そうに言う
いい焼き加減になった肉をムジュラにさり気なく奪われてまた苛立っていた
「やっぱりね」
「ねぇーそれがどうしたのサ?」
ムジュラが会話に割り込むと勇者の影は明ら様に嫌な顔をした
「影の世界の奴らってことは…あいつらが此処に来るために、影の世界との道が繋がったと思うの、少なくともあの時は」
影の世界へ繋がる唯一の道
「陰りの鏡」が消滅して数年
影の世界の姫君が自らその鏡を消して二つの世界の交わりを断ったというのに
影の世界の者達は再びハイラルに現われた
そしてそれには間違いなく「道」が必要になる筈だ
「そう…多分、黄昏時に世界は交わるんだよ」
主人公の呟きは勇者の影とムジュラの耳に届いた
それはその場の全員を大いに納得させた
何処にその「道」が在ったのかはやはり分からないが
確かにあれは黄昏の時だった
「ひひ…やっぱりアタシの言ったことはあってたダロ?」
「…ねぇ、ムジュラ…その姿で『あたし』って、カマっぽいから止めてくんない?」
未だ人の姿でそう喋るムジュラに主人公が呆れて告げた
仮面に性別があるのかなんて知らないから
仮面の時は一人称がどんなにバラバラだろうが声色が一々変化しようがあまり気にならずに
むしろその気持ち悪さが仮面の外見に似合っていたのだが
一応人間の男の姿でのそれは止めて欲しいと主人公は言うのだ
「そう?主人公は『俺様』系に見下されて弄ばれる方が好きィ?」
勇者の影のこめかみの血管が音を立てて切れたのはその直後であった
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