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「主人公……?」


勇者の影は動きを止めて振り返った

何も聞こえなかったのだが確かに自分の名前が呼ばれた気がして
胸騒ぎが抑えられない




「……」


勇者の影はたった今息の根を止めたばかりの猪を軽々と上に持ち上げ
昨夜野宿をした地点に早々と引き返した


西の空は暁の為にまだ薄紫色
勇者の影はその色を無意識に睨んでいた

紫の不気味さはムジュラの仮面を連想させて気分が悪くなる







― ボクが主人公を貰うヨ





「…、クソっ…」





脳裏にムジュラの言葉を過らせて苛立ち
勇者の影は数メートル先まで猪を投げ付けた



(何故こんなにも腹立たしいんだ)


勇者の影は灰色の前髪をぐしゃぐしゃにしながらその場にしゃがみ込んだ

あの仮面の気持ち悪い笑い声を思い出すだけで苛立ちを通り越して頭痛がする

その理由がよく分からないということもまた苛々する



「…らしくないぞ…、たかだか仮面の一枚に」



勇者の影は額に手を置く
あんな物に乱されるなど
まったくらしくない




(らしくない…?)



ふと気に掛かる言葉だった

『俺らしい』とは何だっただろう




勇者の影は目を見開いた紅い瞳を指の隙間から覗かせて呆然とした



分からない

そういうときは大抵リンクのことを考える

奴ならどうする
何を考えてどの行動を選択する


それで全てを解決していた


だが今は

何故かそれだけでは解決できないような気がするのだ









「俺は…何者だ…、」







悲痛な声で呟く

勇者の影は朝日の下の平原に小さくなっていた


この場に姿見となる物が無いことが少なからず幸いした
リンクの姿をしている自分を
受けとめることは今の彼には難しかった









『 …、…勇者の影!!』





「…主人公?」



遠くからの声は
彼を呼ぶ主人公の叫びだった

勇者の影は素早く立ち上がり前髪の乱れを手櫛で直してからその方向に走りだした

















消えてしまった焚き火の向こうで奇妙な二人組を発見した


一人は主人公

もう一人に見覚えはないが





「なぁーんだ、勇者の影、もう来ちゃったノ?」





赤と紫の配色の格好
ひたすら苛立たせるその口調
目元の特徴的な入れ墨は憎き仮面の模様と一致している


となればもちろんのことだが



「ムジュラか…っ」




「馬鹿勇者の影!何処行ってたのよ!!」


何の為かは知らないが
人の姿をしたムジュラがそこに居て

まだそれだけなら平静でいられたのだが


そのムジュラが草原の上に主人公を組み敷いていた









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