その世界は白かった
汚れを知らない無色が高い建物達を染め上げている
足を着けるべき床地には青空が沈み太陽が世界を照らす
見上げるべき天上にはハイラルの景色が広がっている
この不可思議な景観の世界で
彼らは人よりも長い年月を過ごしてきた
彼らは人に神々と崇められ
この世界は聖地と呼ばれていた
その白い街から離れた辺境に古い神殿があった
今も尚輝きを褪せないその建物に
ハイラルの歴史と等しく長い時間
封印されている神がいた
「よくここまで来れたものだ…だが今にも死にそうに見える」
男は関心と哀れみを含めて微笑した
虫の息で跪く草色の髪の女を
男は神殿中央の高い席から見下ろした
「主の心配など不要、…勇気のトライフォース、我らの元へ返上せよ」
女は飽く迄強気の姿勢を崩さないが
荒い息遣いは神殿の広間に痛々しく広がった
「勇司る神、フロルよ…、此処は御前のような者が来る場所ではない、三女神で仲良く祈りでも捧げていろ」
男が喉を鳴らし笑うと
長い銀白の前髪がサラリと零れた
すると女 ―フロルは床に引きずっていた薄緑の着衣の裾を持ち
覚束ない足で立ち上がった
神殿の白い壁の下窓から差し込む陽の光が広間を明るくし
立ち上がった彼女をも照らす
「何故、主の封印が解けたのか…何故勇者が、ハイラルから消えたのか、何故『神』が今頃目覚めたのか…我らにも分からぬ」
フロルは男の言葉を聞き流し
高い位置に座る男を睨み上げた
「だがそれもいずれ暴かれよう、…鬼神、主には今一度眠っていただく」
フロルが片手を流れるように舞わせると
数千の風の刄が現れ
鬼神目がけて一斉に突き進んだ
鬼神はそれを右腕の一振りで凪ぎ払い
ゆっくりと立ち上がった
だが彼の関心はフロルとの交戦ではなく彼女の言葉の中にあった
「…『神』が目覚めたのか?」
鬼神は色の無かった瞳に紅を浮かばせてフロルを見据えた
鬼神の口元が怪しく笑むと
神殿に立ちこめていた光が明度を失い
広間は暗色の歪む異空間に変わり果てる
フロルは自分の口走った言葉に後悔しながら次の攻撃の為に構える
問い掛けに答えようとしない彼女の様子を見て
鬼神は笑う表情を消した
「愚かな…此の私に勝てると思うのか」
鬼神の冷ややかな言葉の後
最後に一つフロルが息を漏らした直後に
聖地中に走る空気の唸りが神々を脅かした
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