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勇者の影は中庭の方に一人で空を見ていた
夜に静かな彼の姿は
ともすればただの夜闇と同化して見えてしまうところを
主人公は見間違えずに勇者の影の横顔を見つけた



「勇者の影…」



主人公は小声で言いながら中庭への小戸を開き近づいた
意外にもその声が寂しさを帯びてしまったことに
焦った彼女は振り返った勇者の影に軽い調子で手を振った


「なーにしてんの」


「…何も」


あまりにも短く小さい返事に主人公は驚いた
昼間に自分の生い立ちを長々と語っていた彼とのえらい違い

主人公は立ち尽くす勇者の影の隣に座り同様に空を見上げた
数分の間を空けて勇者の影も腰を下ろす


すぐに静寂は広まった
沈黙とは違って穏やかな空気が漂っていたので
主人公は次の言葉を言いやすかった



「勇者の影、何で今日は私に協力的だったのかな?」



何故逃げないのか、何の心変わりがあったのか
たくさんの疑問を詰めて彼に問い掛けた
城の客間で再会した時には主人公の無事を気にする言葉までかけた

またノリや気紛れのような言葉では片付けるには事が多い

主人公は何パターンもの勇者の影の返答に身構えていた
だが次の彼の言葉は想定外だった




「名前…」



「?」







「名前をくれただろう…俺に」







「それが…―」


どうしたのか、と言う前に勇者の影は言葉を続けた



「お前の近くに居ると…俺は『俺』になれる気がする」


リンクとは違う

自分だけのものを持っている気になる

名前を持ったことは予想以上に勇者の影の意識を変えた










「…だから暫らくは一緒に行動してやる、目的も同じらしいからな」


「…なぁーにを偉そうに」


勇者の影が主人公を見下ろす
主人公もそれに気付いて勇者の影を見上げる

紅い瞳に昨日までの暗がりは見られない




「それで…一つ聞きたいことがあるのだが」



改まった態度で勇者の影がはっきりしない声で呟き
主人公は不思議に思って耳を澄ませた



「…お前の名前は何だ?」

「………」

「いやっ、冗談だ」


主人公の手が光の矢を掴むのを見て勇者の影は言葉を付け加えた
主人公はパッと手を矢から離して笑顔を作った



「分かってるよ、覚えてないんでしょー?自己紹介したのに、関心無いんだから」



勇者の影が小さく詫びる言葉は急に立ち上がった彼女に中断させられた




「私は主人公!暫らくよろしく」



主人公はドンと構えた後に勇者の影に手を差し伸べてまた笑った



「俺は勇者の影…リンクよりもいい名だろ」


手を取り立ち上がる勇者の影に
当然だ、と笑い飛ばす主人公





「オレはムジュラ!ケケけっ」


空からどさくさに紛れてムジュラが現われて大人しく主人公の頭に乗った



「ムジュラ…あんたまさか私たちについてくる気無いよね?」


「さぁ?ヒヒっ、でもオマエ達はオレと一緒に居たいんジャないの?」


顔にひっついてこないので穏やかに話を進ませようとした矢先で
ムジュラのデカイ態度は主人公の気に触れた


「それはどーいう意味?」

「オマエラあの小僧を探してるダロ」


「小僧…って?」


「リンクを知っているのか?」


小僧という単語だけで話を理解する勇者の影を
軽く勇者ストーカーにも思えた主人公は少し勇者の影から距離を置いた




「探シテも無駄ダネ、あいつ隠サレてるカラな」



何故リンクのことを知っているのかということよりも
勇者の影には気に掛かることがあった

ムジュラからは記憶の匂いがしない


大体にしてこんな仮面が動いて喋るのも奇妙な話
リンクを知るのならその記憶は何処に刻まれるのか



仮面の実体は別にあるように思えた









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