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「貴様は此処を出て何をするつもりだ」


「何でもスルカラ、アタジ何でもスルから!ダシテェ!!」


勇者の影は耳を突き刺すような泣き声に顔をしかめて
聞こえすぎる耳を塞ぎながら鉄格子の中心に張り付けられた大きな札を剥がしてみた



「うっ…―!!」



しかしそう簡単には外れなかった
剥がそうと紙に触れた勇者の影の手が弾け飛び
右腕の肘までが黒い霧となって消えてしまった




「……恐らく、出るのは無理だぞ」



しかし勇者の影の弱音など聞き入れる隙を与えず牢獄からの声は勢いを取り戻して泣き叫んだ
高音から低音まで様々な種類の声が混ざり合って意識が飛びそうな騒音だった
勇者の影は息を吐き出しダメ元で左手の黒剣を札に突き刺した

すると札は黒い炎をあげて細かい灰となって消え

一瞬の沈黙の後に牢獄の柵が爆発した





「う、…何だ…これは」



爆発に吹き飛ばされ次に目を開けた時には瓦礫と埃で景色が変わっていた
何故こんな爆発をする必要があるのかと舌打ちをして立ち上がり
勇者の影はいいだけ喚いていた声の主を探した





「おい……死んだ、か?」



これだけの爆発では人間は生きられないだろう
勇者の影は見切りを付けてその場を後にするために踵を返した

あの人間とは思えない妙な声と喋り方をする主の姿に勇者の影は少しだけ興味を持っていた
閉ざされた空間から解放された者が何を求めて何処に行くのかを見極めたかった

そして自分が何処に向かっているのかを測りたかった









「ケケ…あは、は…キヒヒっ!」








途切れ途切れに聞こえるのは間違いなく先程の泣き声の主だった


勇者の影は小馬鹿にするような笑いを辿って行くがそこに人の姿は無い


ただ声は未だに笑い続ける



「なぁ、オマエの名前オボエテやってもいいぜ…ケケっ」



「……貴様は」







「アタシね、ムジュラ」






奇妙な配色の仮面がそこに落ちているだけだった



















「ネェ、オマエの望みは何だ?アタシが叶えてヤルよ、何でも言ってクレロ」


ムジュラと名乗る人面より一回り大きいサイズの仮面は
先程から勇者の影の頭の周りを浮遊して甲高い声で何度も喋り続けた



「黙れ、さっさと好きな所へ行けばいいだろう」


「アハ、何デモ良いんだヨ?ボクは何でもできるよ?」


「必要ない」


「オレ様が言ってんだからエンリョするな!ダシテくれた礼ダ」



上機嫌に様々な声が好き好きな口調で畳み掛けるので勇者の影の苛立ちは簡単に募った




「なら、あの女の所へ案内しろ」



やはり「あの女」というのは主人公ことだった
はぐれてしまった彼女が今頃くたばって兵士に捕まっているかもしれない
大体の兵は勇者の影が切り伏せたが万が一そうなればまた面倒が増えるわけだ


「『あの女』っテだぁれ?名前がワカんナイと分からないぞ?キヒヒ」


「……名前…は」



勇者の影は真剣に考えた
そして思い出してみた

しかしそれで分かったことは
勇者の影は彼女の名前を覚えていないということだった


(確か、名前を呼んだことも無いな)


その事実は勇者の影に危機感に似た焦りを覚えさせた

自分に名前が無いことよりも恐怖した




「…分からない」


「フフん、ワカラナイの?へぇー…それジャお前の名前は?」


「……」


「ナマエ、無いの?オマエ可愛そうダねェー、ぼくの名前はイイダロ?沢山の欲がコモッテて、タクサン魂が集まるノ」



ムジュラは仮面の側面の尖った飾りをユラユラさせながら上機嫌に飛び回る




「…勇者の影、だ」


「勇者の影?ふーん、変なナマエだなぁ、ケケケッ」



慣れない名前でぎこちない自己紹介をする勇者の影を軽く笑い飛ばしてムジュラは未だ漂う







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