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「…何処に行った、あの女」



勇者の影が言っている「あの女」とは主人公のことだ
少なくとも勇者の影の目の届く範囲には彼女の姿は無い

すぐ後ろで追い掛けてきていると思い込んでいた勇者の影は数分呆気にとられた

体力の無い彼女を待っていてはせっかく昇った日も暮れてしまうと考え
勇者の影は勝手に王女を探すことにした




「探すといっても…此処には居ないだろうな」



勇者の影の声はその空間に反響していた
下水の流れが特に辺りを寒く演出させている
恐らくは城の地下部に来てしまったのだろう
勇者の影はただ何となく警備の厳重な場所を強行突破していた為に現在の本当の位置が分からなかったが
こんな薄気味悪い場所に王族が居てはいけないのだということくらいは分かっていた


ではこんな所に長居は不要だろう
と来た道を戻るのが普通だが
来た道がどれかなんてことは勇者の影の知ったことではなかった


「……どうする」


自分に問い掛ける声がまたその下水道に響く


そんな様子を嘲笑うような声が近くに聞こえた




「キヒ…ヒヒヒ…」



「…何だ?」




その声は地下の隅々まで反響していた
何処から聞こえるものか判断が難しいが勇者の影はその声の主を探そうなどという気は微塵も無かった
主人公の声ではないし王女が出すような声とは程遠いとなれば関わる必要はない

しかし勇者の影が無作為に歩き進む内に声の発信源が近づいたらしく
笑い声の反響は脳を直接揺らすように作用した


「キヒ……アヒひひ…」


勇者の影は歩みを止めた
道が行き止まり一つの牢獄らしいものが突き当たりに誂えられていたから立ち止まるしかなかった
不気味な笑い声はその牢獄から漏れていた

勇者の影は何の考えもなく歩いていたのだが
思わずその声に誘われていたのではないかという錯覚に陥った

地下牢は歩いてきた道で幾つも見たがその牢獄だけは様子が違った
そこだけは鉄格子に加えて鉄板やら鎖やら、更には怪しい呪符まで張り巡らされている
見てるだけで吐き気がする程に周囲の空気が歪んでいる






「フフ、…ククク…ダレか居るな…ソコに、イルな?」



「……」




何種類かの声が二重三重になったようなものが中から話し掛けてきた
その声が話すたびに石壁がビリビリと振動する
勇者の影は目を細めた




「アタシ、此処からデタイナぁ…お前、ココカラ出して…、ヒヒ、イヒヒ」


「……」



勇者の影は面倒と同時に目に余るほどの危険を感じてその声を無視することに決めた
喋り方が正常ではないしこんな立派な牢獄に囚われている者を出してやるのにも気が引けた

しかし彼が立ち去ろうとした時にその声がもう一言付け足した




「ダシテくれたら、アタシは何でもネガイを叶えるゾ、オ前ノ望み、叶えてヤル」


「……必要ない」



切羽詰まった囚人の戯言に過ぎないと思いつつも
勇者の影は立ち止まり返事をした



「何で?オレサマとっても役に立ツヨ?月だってオトセチャウぞ」



「くだらないな…」


勇者の影はこれ以上の話を聞くのは無駄だと悟った
これでは田舎の悪ガキに剣術でも教えていた方がまだ有意義だと思いさっさと立ち去ろうとするが

今度はその不気味な声が泣き声に変わった



「ダシテ…出してぇぇー!!だしてよ!出せっ!!コンナ処いヤダ、アタジこんな狭いのキライなのぉ、…出せヨぉ!」



女や小さい子供の悲鳴を合わせたような耳障りな声に勇者の影は鼓膜が破れるのではないかと危惧した


しかし段々と勢いを弱める悲痛な泣き声に勇者の影は思い当たる節があった

それはいつかの自分の境遇に似ていると勇者の影は思った
何もない、誰も居ない空間に一人で閉じられたことが彼にもある

そしてその時の彼を助けたのは勇者の影と同じ姿の青年だったことをよく覚えている








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