AM | ナノ





星空が綺麗だなぁ、とか考えながらのんびりゆったりと時間を過ごしている
ムジュラが言うには、適当に時間を潰していれば夢は覚めるらしい
つまり主人公のいる世界に戻れるってことで、ほんの少しの間お世話になった平和なハイラルの風景を目に焼き付けているところだ
戻ったらまた魔王の支配下にあるハイラルなわけで、平和を噛み締めるなら今しかない

とか何とか言っても実質ぼーっとしてただけの俺の背後、さく、と草を踏む音が聞こえた
首を後ろに反らして足音の主を確認すると、主人公と同じ、赤い目が俺を見下ろしていたんだ



「勇者の影、さん?」


「勇者の影でいい」


勇者の影は最初俺に向けた敵意が嘘みたいに穏やかな雰囲気で、隣に腰を下ろした
寡黙そうな空気を漂わすこの人が、わざわざ俺に寄ってくるということは、何か聞きたいことでもあるのだろう
それを察した俺は勇者の影が話を切り出すのを待った、だって俺の方から何か聞きたいことでもあるのなんて変じゃないか

でもなかなか声が聞こえないから、もしかして寝てるんじゃないかと思って隣を見る
すると赤目と目が合ってしまった、彼もこちらを見ていたのだ、うわぁ気まずい


「お前、名前は」

「え?」

「まだ聞いていない」

「あ、ああ…」


そういえばそうだ、関わりをもつ前にさっさと逃げてしまいたかったからお前らに名乗る名前はないとか言って誤魔化そうとしたんだっけ
でも今更そんな過去に意味なんてなくて、数十分前の自分の無意味な行為に失笑を覚えながら名乗ることにした


「俺はクロ」

「……いい名だな」

「勇者の影もね」

「!…そ、そうか」


思いの外動揺した彼は、無表情だったけど、何か結構嬉しそうにしていた
名前とか、そういうのに無頓着そうな勇者の影に、何となく理由を聞いてみると
少々息詰まりながらも簡潔に答えてくれた

勇者の影という名は主人公がくれたものなのだと

だから、嬉しいんだって

それなら俺も気持ちが分かる、ような、気がする
名前呼ばれるのって何だかとても、嬉しくて、温かい、そんな気持ちになれる
どうしてかは分からないけど俺もそういう気持ちなんだって伝えたら
勇者の影はふっと鼻を鳴らして笑ってくれた


「そうだな」


「ふふ。…ね、勇者の影って主人公のこと好きだろ」


「!!!?」


俺が、何気なく言ってみると、今度は先刻と比べ物にならないくらい動揺した
月の光に照らされて青白い頬が真っ赤だ、林檎みたいに真赤で、俺は思わず笑ってしまう
後ろの方で聞き耳を立てていたらしいムジュラがケタケタと笑ったのがよく聞こえた


「な、き、貴様何故…!」

「分かるよ。俺だって主人公のこと好きだもん」

「!!」


うん、俺は彼女のことが好きだ、いやもちろん変な意味じゃなく、普通に、好きだ
強引で若干自己中心的で後先考えず突っ走るところもあるけどそれも含めて嫌えない、むしろ、好き
どうして彼女はこうも人を惹きつけるんだろうか、勇者の影がそうであるように、きっとムジュラもクレも一緒だ

俺にも、主人公の隣でない、本来あるべき場所にはそんな人がいるのかもしれない
けど、思いだせないから、今はやっぱり主人公のところに帰りたい、会いたいんだ

流れ星でも探して早くこの夢が覚めるようお願いでもしてみようか
何やら常識に疎いらしい俺に、流れ星に願うと願い事が叶うって話を教えてくれたのも彼女だ
だったら尚更探そう、と思って、夜空を仰ごうとしたら

いきなり、隣の勇者の影がバッと立ち上がって
最初よりももっと強い敵意、みたいなのを俺に真っ向からぶつけ、声を荒げてこう言った



「貴様には負けない、絶対にだ!!!」




一体何にだろう、でも俺と勇者の影で何かを争っても勝てる気がしないよ、だから俺不戦敗で良いや
目に優しい暗い空の下、眠くなってきて欠伸が出る

聞いているのか、と俺に噛みついてくる勇者の影と、ゲラゲラ腹を抱えて笑ってるムジュラ、クレの呆れを隠そうともしない嘆息が夜の平原を賑やかにした
そうこうしているうちに流れ星を見つけたので、俺は願う、早く主人公に会えますように

そして彼女が、どうかこの三人の元へ早く還ることができますように





[*前] | [次#]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -