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宿の部屋は高級とは言いえないものだったが地方の村の寂れた宿よりはましだった
しかし主人公は不平不満を煩くしながらベッドに身を投げ出していた



「ルピーは十分だったんだ、それなのに格好見ただけで二等以上の部屋お断わりって、意味がわからない!」


数少ない彼女の荷物の弓矢がベッドの小脇に立て掛けてあるのを確かめて枕に顔を埋める
これだから都会の人間は好かないなど感想を述べて寝返りをうつと
入り口の近くの壁にもたれる勇者の影が見えるようになった



「ねぇ、いつまで怒ってんのさ…、そろそろ何があったのか話してよ」


「……」



勇者の影はやはり何も言わず
壁掛の銅製の燭台にがっちり繋がれた自分の鎖を睨み付けていた




「…私もう寝るから、明かり消すよ?」


元気が有り余っていれば無理にでも聞き出すところだった
何せ主人公が接触した女が言うには世界の終焉が始まったらしいのだから
それに関する情報を勇者の影も聞き取っていたら検討するしかない



(別に世界がどーなってもいいけどさ…)


世界の心配などしていないのだが
自分の目的が果たされる前に世界が終わってしまっては困る

単純にそう思いながら無い体力まで使いきった主人公は睡魔に呑み込まれて静かに目を閉じた













暗くなった部屋に主人公の寝息が微かに溶け入る
勇者の影の耳が確かにそれを聞き取ると
彼は鞘から剣を抜いた


閉め忘れたカーテンの掛からない窓からの月光がその剣を照らしても
それは光りもしないで黒色を維持した

勇者の影は鎖が繋がれていた燭台を見据えて間もなく
音を立てずにその銅製の曲線を切り落とした
鎖がサラサラと砂のように床につくと喧しい金属の音が鳴ったが主人公の寝息は続いている

勇者の影は簡単に部屋を抜け出て宿の狭い廊下を歩いた
真夜中に人の気配はなく
空気が静まり返っていると頭に再び言葉が浮かんでくる





―― 誰も認めはしない




―― 勇者に成り代わっても





そんなのは知ったことでない

ただ身体が動く限り
自身が存在する限り

運命が勇者の元に導く限り

そうする他に仕方がないのだから






勇者の影は手に持っていた鎖を鞘に巻き付け
何喰わぬ顔で無人になったフロントを通り過ぎ宿を出た











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