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人目を忍ぶよう言われるがままにそうして毎日を過ごすのが常だった

自分だけが周囲と異なっていることを、既に思い知らされていた


記憶を失えど遊びたい盛りの年頃である少年のような少女は、今日も人目を忍んで宮殿内を闊歩する
余りある大きさの、漆黒の軍服に身を包み、大きな柱の陰から周囲に人がいないことを確認し忍び足ですぐ傍の扉をそっと開く

王宮に備えられている図書館だった
普段庶民は立ち寄らない王宮の、人気のない廊下の端にある、紙とインクとそれらが少し古びた匂いの立ち込める決して狭くはない部屋の中
大人の男よりも高い本棚に、所狭しと様々な本が詰め込まれているのだ


一日という括りを全て黄昏の空の下で過ごす影の国の、族長が住まうこの宮殿
曖昧ながらも流れゆく時間を感じていれば、今この時間帯は、図書館を含め周囲に人が寄り付かないことを彼女は知っていた
それは微々に積み重ねた探検の成果であり最近では図書館に来るのが楽しみになっている

欠落した記憶を補うかのように、知識欲は同年代の子供と比べても人一倍旺盛で貪欲なものだった

さて今日はどの本に手をつけようかと、背の高い本棚たちを見回してみる
影の国の文字を読み書きできるようになったばかりの光の少女は、何度も来たことがある図書館の奥へと足を進めた

「……!」

が、ほどなくして歩みは止まる
紙の擦れる音が、本の頁を捲る音がその長耳に届いたのだ
つまりそれは、この図書館内に、彼女以外の誰かが存在しているということで

自然と息を殺し、足音を立てぬようにと出口の扉へ向かおうとする
誰かに姿を見られると不都合だ、自身の存在が公にされていないことを彼女も理解していた
見られたことが姫君や世話役の男に知られれば、お咎めがないはずがない

本を読みたいのは山々だ
しかし今後それができなくなってしまうのは嫌だった


そろりと引いた足が、本棚にぶつかる
当然、本と静けさしかない空間で、その音はよく通った



「誰だ…?」


不機嫌そうな、警戒するような、誰かの声が聞こえて、少女は思わず走り出した
進む先を考えなかった結果前方不注意で再度別の本棚に衝突する
勢いがついていたのが悪かった
衝撃で微かに揺れた棚の一番上から、半ばはみ出していた本が降ってくる
後を追うように隣接していた本たちも彼女の頭目がけて降り注いだ
どれもこれも鈍器になり得そうなほど重厚な本で、頭を庇うことすら忘れ少女は本の雨に見入る
思い浮かぶのは走馬灯などではなく、あの本を全て読破するのに必要な時間の計算だった


ド サ ドサ

 バサッ

直後、一瞬前まで少女が無防備に立っていたその場所に本が落ちる
背後から誰かに腕を掴み引かれ、間一髪で事なきを得た

事態を理解する前に、背後に立つ人物が抑揚のない声を発した


「お怪我はありませんか」



聞き覚えのあるその声に振り向けば、久しく見ていなかった無表情な黄色い瞳が、冷静に彼女を見降ろしていた
温度のない青白い手が自分の腕を掴んでいるのを知り、そこで漸く彼に助けられたことを気付く


「く、クレ…ありがと…!」


「何だ、黒チビじゃねえか」

「あ……エレ、だったんだ」

「おう、この前ぶり」


前方から現れたのは、クレと瓜二つの顔に紫色の瞳を半ば呆れたように細める、彼の双子であるエレだった
先刻の不機嫌そうな声にはそういえば聞き覚えがあって、考えずとも、それは読みかけの本を小脇に抱えるエレのものだ

結局姿を見られてはしまったが、二人とも顔見知りで、姫君にしても信用のおける者であったことに少女は安堵を覚える


ただ、いつの間にやら増えていた人影が、同じくいつの間にやら彼女の顔を覗き込んでいて、その存在に気付いた直後声にならない悲鳴が上げられた



「ーッ、むぐぅ!」


悲鳴は本当に声にならず、クレの手のひらによって遮られる
彼女の黒曜の瞳に映る、長い前髪とそれに隠された両目の分もにんまりと笑い弧を描く唇
フードと前髪で顔のほとんどを隠し、ゆったりとした服で小柄であろう体躯を包むその男は
興味深そうに光の少女を観察し、満足したのか、やっと口を開く


「よっ、光のお客人。俺はヤマダ、そこにいるエレクレの同僚だ」

「一纏めにすんなっつってんだろボケ山」


初めて会う人だった

ヤマダと名乗った彼は何でもないかのように自己紹介して、エレとの軽口の応酬を交わす
戸惑いを隠しきれない、光の民だと知りながら、何故そう平然としていられるのだろう
むしろ当事者である少女の方が平然としていられなかった


未だ口を塞いでいるクレを見上げると、彼は何かを察したのか手を放す
口が解放されたからといって、何を言うべきかは思いつかない


「ヤマ、ダ、さん?えっと、何で、俺のこと……驚かないの…?」

「おぉっと、影の国一番の情報通ヤマダを舐めてもらっちゃ困るぜ黒助ちゃん。お前の存在は知ってたさ、実際に見たのは今がお初だけどな。ちなみに俺のことはヤマダでいい」


黒助と心外な名を付け呼ばれ憤慨する余裕もなく、少女はヤマダから距離を取ろうと後ずさる
しかし、後ろにはやはりクレがいて、その背をそっと受け止めた


「ヤマダは直属護衛軍密動部隊隊長です。いざという時混乱を招かぬよう、姫もある程度の情報を彼には伝えています」


「そーいうこと。っつーわけで、俺とも仲良くしてくれよ?」

「うん…、俺の方こそよろしくお願いします」
















「あのさ、みんなここで何してたの?」


「あ?読書に決まってんだろ」

「えぇ、エレが!?」

「テメこのっ、どういう意味だ!!」

「痛ーっ!」


意図せず大袈裟な驚き方をしてみせた光の少女の頭を、エレの拳が打つ
だが更に、その青髪の頭を双子の兄の拳が打った
図書館で大声を出すという行為を咎める視線が送られる

薄く瞳に涙の幕を張り、クレを睨みつけるエレ
それを無視して、クレは彼女へと無表情な顔を向けた


「そういう貴女は何をしていたのです」

「俺も、本を読みに。今くらいの時間はここに誰もいないはずだったから」

「それは…申し訳ないことを」


今にもクレに噛みつこうと構えるエレの肩に、ヤマダの手が置かれる


「あーあ、謝れよエレ」

「う、る、せぇ!大体何でテメェまでいんだよ、俺が誘ったのはクレだけだ!」

「誘われた、っつーかエレがクレを無理矢理引っ張ってきたように見えたけど」

「自分は反論できません」

「テメェら……!」



一人でいる時とは違う、騒がしすぎる図書館
本来その場所は厳かで静寂な空気が満ちているべきなのだが、それを知らない少女はこれも悪くないと思う
ここへ本を探しに来たことも忘れて、エレの騒がしい声に小さな笑みを零す


「よう、何笑ってんの黒助ちゃん」

「黒助って、なにそれ」

「名前ないんだろ?」

「ヤマダもエレと同レベルのネーミングセンスだね」

「……地味に傷つく」


口元をへの字に曲げたヤマダの後頭部をエレがどつく
が、ヤマダは身を屈めることによって攻撃を避けた
気にせずエレは飽きもしないで声を荒げた


「黒チビ、ボケ山!聞こえてんぞコラ!」


「エレ、図書館で騒ぐのは止めてください」




バタン



「こんなとこにいやがたですかエロさん」


「げ、ドリュー!」


いい音を立てて扉を開いたのは、影国騎士団副団長、エレの部下であるドリューという女
彼女の顔を見るなり、エレはあからさまにやばい、という顔をして、その身を影の粒子にして逃げ出そうとする
しかしクレがそれを許さず、彼の襟首を掴み、逃走を阻止した


「エロさん図書館にエロ本はないです、ささと仕事にもどりやがてください」


「誰が図書館にエロ本探しに来るかってんだ!テメェ俺をナメ腐るのもいい加減に――!」


威勢のいい悪態がドリューに引き摺られて遠ざかり、扉が閉ざされると同時にそれは完全に遮断される
事の顛末を終始ぽかんと口を半開きにさせながら眺めていた少女は、困ったようにクレを見上げる
ヤマダはと言えば笑い声を抑えようともせず喉を鳴らし腹を抱えて爆笑していた

一頻り笑い終えると、笑いの余韻を残す口元で、ヤマダは言う


「んじゃ、俺もそろそろ失礼するわ。久し振りの休暇なんだから精々楽しめよ、総長サン」

「…努力します」


クレと少女に手を振って、ヤマダは自らの影に身を溶かしどこかへ行ってしまった
残されたのはクレと、彼女だけになった

他に人がいないのだから、静かな図書館に物静かなクレと、話すのが得意ではない少女が残されれば、必然的に静寂が生まれた

ヤマダが最後に言った言葉によると、クレは現在休暇中であるらしい
姫の傍に控えていない彼を見るのは彼女にとって初めてかもしれなかった

クレ自身、この休暇に自分が何をしていいのか考えあぐねていた
そうしてみれば、タイミング良くエレが誘いをかけたのは、有難いことだった
だからこそクレは、エレが仕事をサボってこんなところに向かうのを、薄々気付きながらも咎められなかった



「エレは……何か調べ物してたのかな」

「ええ…」


クレは、エレが先程まで読んでいた本の表紙を撫でる
埃臭く古臭さの塊であるかのような本だった

人目を避けるかのように、図書館の本棚の奥底、片隅に押し込められていたもの
記されている内容を知れば、それが当然のことだと思う
陰りの世界の禁忌に触れられている本だった


「光について、調べていたようです」


「……!」


以前、クレ自身から聞かされていた
光の情報を、無許可に知り求めることは罪であるということ
弾かれたようにクレを見上げた顔は、戸惑いと驚きの交錯した、外見以上に幼い表情をしていた

ころころと表情の変わる少女の顔を見て、クレの黄色い瞳は僅かに細くなる



「光と影は、相容れぬもの。触れあうことすらままならない」

「あ…」

「それでいて、光と影は表裏一体。どちらが欠けても成り立たない。だからせめて、エレは…」


そこで一度クレは言葉を切り、自身の手のひらを見つめる
ほんの少し前に、光に触れた手には、まだ温かさが残っているような気がした

少女には触れあうことすらままならないという件に思い当るところがあった
陰りに生きる姫君と触れあうことを望み
そうして触れると、どうなるか、心の傷をもってよく思い知らされたのだ


どこか悲しそうな顔をして俯く彼女の頬に、クレは触れてみた
指先を焦がすような熱さがそこにはあったが
反射的に身を引こうとする彼女の黒衣に包まれた肩を押さえ、離れることを拒んだ



「せめて、エレは……どうにか光に触れる方法がないものかと、考えていたのでしょう」


それを、愚かしいことだと、クレは笑うだろうか
考えずとも、触れる方法など、こんなにも簡単であるのに
珍しく思慮深く本まで探し読んでいた弟よりも、早くそれを見つけてしまったクレは、おかしさがこみ上げた

以前、繋いだ手の感触を、二人は思い出す

熱くても、冷たくても、安らぎを覚えたのは確かだった



「エレは……ばか、だね」

「昔からそうです」

「でも……俺は、そんなエレが嫌いじゃない」

「本人に言ってやってください」

「もちろん、クレだって好きだよ」

「恐縮です」


恐れず触れてみればいい
そう、クレに言い聞かされたような気がした

次にエレに会ったらそうしてみればいい、と
クレが言って、少女は笑った
釣られてほんの僅かだけ、口元が緩みそうになるのを感じ、クレは不自然に背を向けることとなる


姿を消したフリをして、実はその場に留まっていたヤマダは、本棚の影で一人笑いを押し殺していた


fin.
11.0123.円様へ!



* * *


空渡りの翡翠様より!小四周年のお祝いにいただきました!でへへへ

まず落ちてくる本を見て読破時間の計算をする黒の君がインテリ疑惑でした…何この子イケメン…

とにかく気になるのはクレがごくごく自然なふりをして黒の君に幾度もお触り申し上げている点です←
というかあまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!このクレのデレ加減というか…優しさというか…とにかく甘く見えてしまうのは円だけでしょうか…照れくさくって恥ずかしいですよ絶対甘い、え?ただのお兄さんポジション?そんなもんじゃない!!!!(くわっ)

それにエレの読書も目から鱗…ザント様と同じ道を歩むフラグですね解ります(ちょ)
口をへの字に曲げるヤマダが個人的に超ツボでした、だって想像したらなんか可愛かった←

休暇を楽しむのに"努力する"クレが凄く、クレらしくて、思わずにやっとしてしまいました(笑)もしかしてエレはそれを気にかけてわざわざ図書館に誘ったのかもしれないなぁ…なんて理想的双子ですありがたい…!
というかみんな図書館を何だと思っているんですか(笑)誰一人自重しないし(笑)コラそこの二人いちゃつくな!!!←

翡翠様ぁー!うちの子達と黒の君を絡ませてくださり、癒されてこそばゆくて面白い素敵なお話に仕上げてくださいまして、ありがとうございました!奴らの個性をしっかり引き出してくださった黒の君と翡翠様をまとめて抱き締めたい愛してる!!


11.01.27.


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