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緑衣の男が天空都市を訪れていたのは半年ほど遡る頃
ハイラルに目立った喧騒の無くなったその時期に、わざわざ天空を訪れる変わり者の、その姿は多くの天空人に目撃されていたという

彼の目的は観光などでなく、最初から何かしら決まっていたようで、あまり滞在はしていかなかった
かつてナルドブレアの縄張りであった都市の天貫の塔と呼ばれるそこへ行き
そしてそれからの足取りは分からず誰にも目撃されていない

しかしどうもその頃を境にナルドブレアJrたちが不穏に動き始めたらしい
かつてナルドブレアがそうしたように、天空都市の中でも高高と聳えるその塔に屯して天空人を困らせている

それというのも、その勇者リンクが向かい、ナルドブレアが塞ぐ天貫の塔は、聖地へと続く道の一つであるというのだ

というのが、主人公の得た情報であり、天空都市の現状だった







「さーて皆、準備はいい」





両手の指を絡ませて腕を伸ばし、気だるさを体から抜くような声で主人公が言う
最初に降り立った都市の広場に、四人と一頭、揃い踏みでいる
あるものは使いもしない筈の筋肉をほぐし、あるものは直立不動で風に靡かれ、あるものは聖剣の握りを確かめたりなどして
普段と何も代わり映えしない
特に準備をすることも、敢えて喋ることも、無い
だがそのままでいれば呆気なく、主人公が出発の声を上げそうで、それは勇者の影には願い下げだった
間が欲しかった
何しろこのまま勇者の足跡を追い掛けて向かう先は、トラウマの景色がある、と彼の記憶が訴えるからだ





「本当に行くのか…いや、行けるのか?…聖地に」



「行くわ」




言い淀む勇者の影に、ぴしゃりと言い放った主人公は、首を傾けて都市の中心の塔を見上げた

雲に霞み、うっすらとしか見えない塔の先を睨むように、じっと凝視する女の赤目は、揺るぎ無い、そう勇者の影は知った
もはや止められない、否、最初からこの女を止められた試しはない

何故自分は彼女についていくのか
いつから共に歩みたいだなどと思ったのか

思い返すだけ無駄な気がして、勇者の影は目を伏せる

遠くの雲の波間から暁があり
主人公の髪が黄金色に輝いている

早朝の厳寒の風が、ふと、止んだ
そんな頃合いを見て勇者の影は引き結んだ口を開いた






「この先、空中戦だが…どうする」



「基本的に、突っ込む!」


「……」


「……」


「主人公、モッと、具体的にシテ」




無口な男二人が閉口し一瞬の感嘆のような呆れを抱いている間に
まさかのムジュラからのツッコミがあって、主人公は心外という顔をすると、塔から視線を切り、彼らを見た
一体どれだけ一緒に旅をしてきたと思っている、と主人公の顔は語っていた
要は先の言葉から、如何様にも察しろ、と無茶を要求している、いつもの彼女である

だが三人の男の様子を見て、得にクレの無表情に微かに滲み出る呆れの雰囲気を見て、主人公は少々自身の非を認めたのか、溜め息混じりに答えた



「聖地に行ければ良いだけだから、戦うのは最小限にして、ずっと上の、聖地への道を目指すって感じで」


「ならば主人公、赤晶を狙うのじゃ」



赤晶?と主人公が聞き返し見上げたのはヴァルバジアだ


「塔より高き空に漂う浮き石の赤水晶…それにぬしの光の矢を当てれば道が拓けるじゃろう」


より具体的に、ヴァルバジアが答えを与える
随分と天空の事情に詳しい龍だ、と勇者の影は訝しむが、今口を挟むことではないと自粛した
それくらいのことならば、主人公が気付かない筈がないのだ
それを追及せずにいるところを見れば、何か考えがあるか、信頼を置いているか、はたまた他に道が無いだけか、とにかく無意味でしかないのだろう、と分かる

だが先の道程の光明を見て、主人公に緊張と高揚が浮かび、にんまり、口に弧を描いた







「よーし、全員集合!」



もはや集合している全員に、儀礼的に号令して、主人公が注目を集める
皆輪になって立っていて、赤龍は四人の外側を囲むように長い体躯を収めていて、そして主人公を見た



「勇者の影」


「何だ」



「ムジュラ」


「ウン?」



「クレ」


「はい」




一人一人の名を、主人公が目を見て呼ぶ
何かの自信に満ち満ちた微笑は、見る者を安心させるよう





「皆に迷いが無いのなら、私達は今、己の意志で此処に集った仲間」


「仲間…?」



「ボク家族の方が良いな」



「まー、家族でもいいわ、…己の意志で集いし"家族"!」




ふふ、と浮き浮きした声を転がすように笑い
主人公は四人の立つ中心へ手を伸ばす
そうして三人にも、手を出すように促した

勇者の影にはそれが目を見張るような出来事で
狼狽える黒の男を他所に、ノリ良くムジュラが手を出して主人公の手に重ね、一拍遅れで意図を理解したクレもそうする







 この旅が終わったら、俺と――


勇者の影は自身の胸に浮かんだ言の葉を掬い、心が弾むのをひっそり抑えて
倣って手を伸ばした


片手が四つ揃い、重なり、そこに主人公がもう一方の手も足した



「何をしている」

「魔法をかけるの」



まあ見ていなさいと、主人公の赤目が言った





「皆が生きて再び彼の大地に在らんことを」





円陣を組み、皆手を重ねてそこを見つめている
主人公の声が不思議と、耳のすぐ側で反響して聴こえたのを、全員が感じた





「誓いの号令!」





慣れない畏まったフレーズを耳に入れ、心に刻み
各々目を合わせる
その間に、彼女の手が彼らのそれを下に一度沈ませる
おー!、と楽しげな声と共に解放されるのだが
ポカンとしたのは彼女以外だった







「……魔力かんジなかったケド」


「いいの!そーゆう魔法なの」


「どういった効力なのですか」



「皆が無事に帰れますようにって感じ」





聖地に赴いて何をしようというのか
少なくともこの面子の中に、神々への信仰深い者など居ない、寧ろクソ喰らえ、と躊躇なく言い放ちかねないくらい
そんな彼らが、聖地に赴いて、平穏無事に済むなどとは、誰も承知ではないのだ
例え相手が人智を越えた文字通りの"神"であったとしても


だから誓いを立てる


手に残る温もりに安堵すると同時に、心が引き締まる思いを三者三様に感じていた

主人公は勇者を追いに行く
ハイラル中を駆け回った旅を終わらせに行く
そして歪められた多くの記憶達の意味と、そこに隠された不都合を解き明かしに行く

彼女の他の彼らが胸に秘めたるものは知り得ない
だが見合った皆の眼光に少なくとも迷いはない


こんな場所まで連れてきて今更それを問うとは
主人公は自嘲するがしかし後悔はしない


「酷なことを」


傍目に見ていたヴァルバジアが主人公の耳元に顔を擦り寄せてそう囁いた
分かってる、と返し主人公は目を伏せた







「行こう」





主人公がヴァルバジアの背に飛び乗ると、皆最初のような配置に収まるように続く

赤龍は雄々しい咆哮を天に上げて
足で地を蹴りだし、高い空を吹き荒ぶ風よりも速く、速く、塔の頂上へ飛翔した








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