「一体どういうつもりだ」
「言葉通りの意味です…最早自分に、この旅に同行する理由はありません」
そもそもこのクレという男が、旅に着いてきていた理由など、勇者の影は知らない
ミドナの命により、主人公に仕えるよう言われた、と、クレが膝をついたあの場面に、勇者の影は居なかったからだ
しかしその族長命令が彼の理由だと言うのなら、未だこれからも、クレは主人公の旅についていかなければならない筈だ
「自分は何の考えもなく誰かに付き従う機械ではありません」
「……ああ、そうだろうな」
「忠義を尽くすに足る、信頼するに足る者にこそ従うのです…それは一族の長も同じこと」
「つまり、………、貴様は、主人公を…信用しているということだろう」
「うつけ、つまりは、今や主人公の信用は無くなったということじゃ」
クレの堅苦しい言い回しに、迷子になりながらもなんとか絞り出した勇者の影の言葉は、ヴァルバジアに一蹴され訂正された
そこで漸く勇者の影の中でも線が繋がったらしい
先程あったムジュラとのいさかいの中で、主人公が割り込み叱ったあの言葉が勘に障ったのか
怒りの矛先たるムジュラを庇った態度が悪かったのか
とにかくこの先も、主人公に付き従うのに何でもない顔をしていく自信が無いのだと言う
理解するのに時間がかかりながら、勇者の影が呆れるのは一瞬だった
「貴様の言い分など知らん…それは俺ではなく、主人公に言うべきことだろう」
「…」
「もう聞かせて貰ったけどね」
「!」
クレの後方の方の建物から、夜風の中でも凛と張る女の声がした
やってきたのは主人公とムジュラだった
結局皆、勇者の影の心配も他所に、ヴァルバジアの予想も裏切り、この飛ばされそうな強風の外を出歩き、遺跡同士を渡す狭い渡り通路で落ち合ってしまった
立ち話をしていた男二人と龍一頭の元へ来ると、主人公は腕組みをしてクレを見た
見られた彼の方は、やはり平生の態度ではなく、彼女から目を反らし、石畳に視線を落としてしまった
「クレがそうしたいなら、私に止める理由は無いよ」
「……はい」
「きっと私がこう言うのも、ミドナが君の意志を尊重して許してくれるのも、解ってたんでしょ」
淡々と、言葉を繰り出す主人公は読みにくいが、強張った表情だと、傍目に見ていた勇者の影には分かった
こんな場面を、いつかも見たような気がする、と気付いた勇者の影は彼女の背後で漂うムジュラの方に視線をずらす
そう、確かハイリア湖で、駄々をこねた奴をこんな風に主人公は突き放していた
「だけど…―」
「クレ!!!」
続く主人公の言葉を遮って、ムジュラが前に進み出、クレの名を叫んだ
主人公も、勇者の影も、目を丸くする
何事か、と顔を上げたクレに、ムジュラが近すぎる程の距離まで近寄った
ヴァルバジアだけが、退屈そうに欠伸を溢している
「ボク、……謝らナイからな!」
ぐ、と鼻先を掠めそうなほど、ムジュラが顔を近付けて、怒鳴るように言った
「……何ですか」
わざわざ別れ際に呼び止めてまで何を言うかと思えば、相手を逆撫でるだけの宣言がなされたのだ
クレは微かに、こめかみをつった
「謝らナイ、だって、ボクがやったんじゃナイから………でも!」
でも
そう語尾を強くするムジュラの声に合わせ、傍観者二人の肩が揃って跳ねた
また殴られたいのかこのバカは、と思って、次に何が飛び出すかも解らないムジュラの口に、主人公も勇者の影も緊張して二人を観察している
主人公への風避けに寄り添ってきたヴァルバジアの赤い鬣を、むしりそうな勢いで握るほどだ
何故彼らがハラハラしなければならないのか、それは精神の幼すぎる彼の、多少なりの成長を一番に知っていたから
「悪かった、て思ってる…オマエ達の痛みを癒してやりたいとも思う、だから……」
僕を嫌わないで
喉元まで出かかった、一番の望みを呑み込む
――罪が赦されることはきっとない
罪が赦されることを期待してはいけない
こちらを憎み突き刺す視線から逃げず、受け入れ、そうしていつか認められる時を、償いながら待つしかない
それしかないのならば、その覚悟を持って生きるのだ
「帰らないで、僕の、頑張るところ、見てろ!」
((何を頑張るんだ何を!!))
誰にも知られるところではないが、主人公と勇者の影の心のツッコミがぴったりシンクロした
口を挟みたくてうずうずする主人公と、溜め息をして額に手を当てる勇者の影
ムジュラの性格を把握している者からすれば、拍手の一つも送りたくなるほど、彼にしては、自己を抑え頑張った発言だったが
生真面目さの上に彼への憎悪を重ねた現在のクレが一体これをどう捕らえるのか
「……」
クレは
こくん、と頷いただけ
「え」
「ヤッタ!!主人公!ヤッタ!勇者の影バーカ!」
勇者の影への要らぬ悪口を飛ばしながら、ムジュラの抱きついた先は目の前のクレ
だったがあっさり避けられて地面とこんばんはする羽目に
「ナンデヨケタシ!!!」
「貴様は男に抱きつかれて嬉しいか」
「ボクはムジュラダよ!?」
鼻を強打した哀れな功労者へ、勇者の影は込み上げる愉快さに珍しく素直に従い、フッと微笑して、片手を差し出した
「あー、ウン、ワカッタ、男に抱きツカレるのも微笑マレるのもキモチワルイ」
ほぼ涙目の緑の目を泳がせながらも、ムジュラは勇者の影の手を掴み立ち上がった
「…貴女がムジュラを説得したのですか」
「ん?私は何もしてないけど?」
ムジュラの腕からすり抜けたクレはそのまま主人公の元に、何でもないようないつもの無表情で近寄っていった
主人公は握り締め過ぎたヴァルバジアの鬣を、労る様に撫でながら、こちらもなんでもないようないつもの微笑で返す
「ムジュラが自分からああいうの認めないから、和解は無理だと思って、帰ろうとしたの?」
コクン
と青白い男の顎が引く
やはり、彼の方も本気でムジュラの存在を憎むなり、否定なり、しているわけではなかったのだろう
ああいった、細やかながら、想う言葉を欲していたのかもしれない
そういう感情の機微の察知は、主人公ではなく、他でもないムジュラの手柄だ
「主人公様は…こうなることを知っていたのですか」
「ふふ…さあね?」
「先程……引き留めていただけなかったのは、少々、……………悲しかったです」
「ぷ、あははははっ!!!!クレ、いいねーそーゆうの!感情を表に出すのは大事よ、てゆーか」
主人公は改めてクレに向き直り、ニヤリと得意の笑みをして勇者の影の方を指差した
「勇者の影の影に道が出来るのは、ハイラル平原の黄昏時だけ、なんだなー」
そういえばそんな話を、いつかの平原でしていたかもしれない
しかしその時はそれ以上のショッキングな話題が重なり、クレの記憶にはさっぱり残っていなかったようだ
ならば、たったさっきまでの真摯なやりとりは、彼女には終始喜劇に映っていたのか
奥の手にそんな事実を突きつけようと企んでいたに違いない
大概適当で何の力もないような光の民なのに、クレはやはり、彼女には敵わないと悟る
「あ、でも殴ったことはちゃんと謝りなさいよ、あれはクレが悪い」
「…謝りません」
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