AM | ナノ







「勇者の影!!」



主人公がそう叫んで広場に現われたのはモーファを倒して間もなくだった


主人公は破壊されでたらめに水を噴きだす噴水の前に立ち尽くす勇者の影のもとへ走り
彼の首からだらりと垂れ下がった長い鎖の端を素早く手に取った




「いやぁーよかった!逃げないでずっと待っててくれたんだね、…まぁ私は勇者の影のこと信じてたけど」



言いながら前のように手に鎖を巻き付けもう二度と離さない感を出しつつそんなことを口走る主人公に
勇者の影は何も反応を示さずピクリとも動かなかった




「ていうかここ何があったの?遠くから水っぽい物が見えたし…この有様って」


改めてその円形の場所を見回すと
石畳の殆どが抉れてそこに小さな水溜まりが出来上がっている
とても一般人が歩けたようなものではない



「まぁいいや、宿代くらいは取り返せたからはやく行こう、勇者の影」



「……、を …な」




「え?…何?」






勇者の影の頭を埋め尽くすのは誰の物でもない自分の声
自己の存在を絶対的に否定し続ける苦痛な台詞








「俺を呼ぶな、…っ俺に名は無い!!」






勇者の影の声は夜の城下の一角を震わせたが
それもまた直ぐに乱雑に水を噴きだす音に掻き消された

今度は主人公が立ち尽くし
大きく見開いた目で勇者の影の変わり様を驚いていた


(やっぱり名前が気に入らなかったのか…)


彼女があれこれと宥める言葉を探している間に
勇者の影は落ちていた黒剣を背の鞘に戻して歩き始めていた



「うわ、待って!宿はこっちだから、こっちこっち!」




目的の宿屋とは反対方向に向かおうとする勇者の影を引っ張る主人公には
その時の彼の表情は見えなかった

怒りに打ち震えているのか涙で頬を濡らしているのか
全てを押し殺した無の表情か


いくらでも想像は出来たが主人公は想像しなかった

想像した彼の姿に同情したところで彼の怒りを増殖させるだけだと
何となしに感じていたからだった







[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -