先程、クレの不慮の事故に因り発見された隠し部屋に、主人公とムジュラの姿があった
日が暮れてますます暗さが深くなったそこで、壁上に敷き詰められた文字を読む主人公の為に、ムジュラが人差し指の先に灯した青い炎を明かりとして使っていたのだ
「とが、ま…ちからを……『魔力を』か…魔力をー、もとめ、…もとむ、『求むこと』」
「主人公読めナイの…」
「読んでるでしょーが!」
「魔力を求めテいっぱいヒト殺したんだヨ、それが血塗ラレた歴史」
「読めるなら最初から言いなさいよ!!!」
「イタイ!!」
ビンタをくらい、ムジュラは床から少々浮いた宙にいて、踏ん張れず綺麗に一回転した
「読むのメンドクサイじゃん、目悪くナッちゃウ」
「私の方がめんどくさいし目悪くなるわ」
「じゃあネ、勇者の影にココの記憶食べテ貰えばイイデショ?」
「『勇者の記憶』以外でも食べれるのかな…てゆーか、それだと此処の文字が消えるかもしれないから駄目」
結局はムジュラに度々助けられながら、主人公は壁の異国文字を読みといていった
「要するに、ムジュラの仮面のせいで王国は滅びの危機を迎えた」
「ボクのせいじゃナイケドね」
「その破滅が王国の外、ハイラルとかに及ばないよう、ムジュラの仮面と国民を影の世界に、都市の大部分を天空にやった、神様が、ね」
「大袈裟ダなあ、ソレ」
「んで、なんだかついでに光の世界に溢れた『記憶』も影の世界に押し込んじゃって、影の世界は大迷惑」
「ボクが食べたヤツ、あれ、チョット苦かっタ」
「でもなーあの仮説が本当なら、クレとは同郷ってことでしょ」
「クレムカつく!」
「これじゃシーカー族が仕えていたのはハイラル王家じゃなくイカーナ…?」
「もうソレでイイヨ、ボク飽ぁーきた!」
「あ、こら!」
パチン、と指を鳴らしてムジュラは炎を消してしまう
そっぽを向いて宙を滑り、唯一の出入口になっている天井の穴の方へ行ってしまった大きな子供を、主人公は渋々追った
彼の不機嫌は、仕方ないと言えば仕方ない
先程クレに殴られたことは、本当に奇跡に近いくらい珍しくムジュラの方には非が無い、と主人公も思うのだ
過去に何があったのか、何が正しかったのか、何が悪かったのか、そんなものは当時を生きた者にだって解らないかもしれないこと
過去の罪を、この古文を読んだ程度で裁こうなどとは愚かにも程がある
クレの行いは行き場の無い感情の八つ当たりでしかない
と、主人公は考える
だがそれは理屈と道理の上の話で
痛みを被った者は他者にわかり得ない心がある
絶対に忘れることの出来ない傷をずっと憎々しく睨んできたのかもしれないのだ
「ねームジュラ、砂漠の大妖精の言ってたこと、覚えてる…?」
「ンー?ナニそレ」
姿を消し、上階にパッと現れたムジュラが天井穴からひょっこり顔を出す
主人公は予想の範囲内だった彼の返答に、肩を竦めた
「ソルを奪われて、精霊から大妖精に格下げされたのは神様のせいだって…私のせいだって」
「へぇスゴイネー」
「そんなこと、私には分からないの、少なくとも、今の私は何も知らないし、言われても困るだけ」
「コマッチャウのは困るネ、ヒヒ」
ムジュラは眠そうにあくびを漏らして、噛み合わない返事をする
穴から片腕を伸ばしてペロン、と長い袖を垂らしぷらぷら揺らせば
それを下から見て主人公が膝を曲げ伸ばし、足首を解し始めた
かと思えば、未だ積もる瓦礫の小さい山から少し離れ、助走をつけてその石山の天辺を登りきり、飛び上がって、ムジュラの腕をガッシリと掴んだ
「でも、そのっ、考え、は、っとと…!…逃げてる、ことになる、わけだよ」
「逃げル?何処に?」
「自分は悪くないって、私が正しいって、思うこと…罪と向き合いたくないって、目をそらすこと、…でしょ?」
「でも……主人公はワルクナイでしょ?知らないンだもん」
「……ムジュラ、ちゃんと話聞いてたんだ…」
主人公を引き上げながら、神妙な声音で返せば返すで、驚かれてしまってムジュラの機嫌は益々傾く
元の天空都市内部の景色に戻ったが、日が暮れた今となってはやはり真っ暗で、天空人の姿もなく、静寂が沈む中に風鳴りがあって、主人公の苦手な不気味さが漂っていた
「でもねムジュラ、正しいとか、悪いとか、きっと無いんだよ」
主人公は自分にも教え込むように説いていた
要は認めるか認めないか
受け入れられるのかどうか好きか否か
そんな根源の感情によるのだ、正義も悪も
故に正しい中にも罪は生まれ得る
「本当に、故意にじゃなくてもね、全然関係ない誰かを深く傷付けてしまうような、罪を、犯すこともあるんじゃないかな…」
それは今まさに、罪など無いのだと言いながら、それを証明もせず楽な方へ楽な方へと行こうとしたこの男へ向けてか
未だに失われた記憶の中、過去の自分が如何な罪を犯してしまったかを知ることを確実に恐れている自身へ向けてか
「そんな咎人は…どーやって償えばいいんだろ…ね」
風鳴りが一層強く、幽霊の呻きのような甲高い音をさせるので、主人公は身震いをする
まるで彼女らを責め立てているように聴こえる
ただただ謝ったところで赦されるのか
命を差し出したところで意味があるか
主人公には答えが出せない
他人の情に疎く、否、それを知らぬ存ぜぬとして生きてきた主人公には導き出せない
「皆を幸せにスレば、ユルサレル、かな…」
ふと、そんな力無い言葉がした
外への扉へ向けていた歩みを止め彼女を振り返っている
ムジュラの声は震えていた
今まで不幸にしてしまった魂の数よりももっとずっと
たくさんの幸せを作り出せれば、咎送りは可能か
そんな途方もなく非現実的な方法を提案されても、主人公は笑わない
「罪が赦されることはきっと無いよ、ムジュラ」
主人公は沈んだ声音で言い放つ
罪が赦されることを期待してはいけない
末代まで語り継がれ、消えない痛みが現に此処にあるのだから
過去が消せないのと同じようにそれは消せはしないのだから
「でも、それが良いと思う」
主人公はにっこりと笑ってやった
何よりも、この彼が罪と向き合う心が、良いと思う
「主人公っ!、ゥ、…アノ、ネ、……ギューッ、テ、シテ、イイ?」
「何泣いてんのよ、仕方無いなー」
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