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鈍痛を意識に受け入れながら、クレが目を開けると、天空都市にしては薄暗い曇天色の天井が高いところに見えた

瓦礫に押し出され、抜けた床と共に下階の部屋に落とされてしまったらしい


「つ…」

頭が痛いという感覚に一瞬体が引きつったが、一度深呼吸をしてそれを追いやる
そして直ぐ様、ブロック床や遺跡の残骸の山から起き上がろうとしたのだが
ヌ、と奇妙な感触を額に感じて再び体が固まってしまった

指で拭って見れば赤い血が伝っていたようだった

「…軟弱な」

それにある種のショックを受けてしまい
ふ、とクレは力を抜いて再びそこに仰向けに収まった
ガラ、ガラ、小岩が転がっていくのが聞こえてそれから直ぐに静寂が訪れる

そこは天空都市の中でも少々雰囲気の変わった空間のようだった
天空人ですら立ち入らないのか、はたまた誰にも存在を知られていない部屋なのか
四方の壁は古びていながら、ひび割れや大きな損傷はなく、風の通りも陽光も招き入れず閉ざされている
加えて壁や天井をびっしりと埋める不気味な模様も、変わった雰囲気に一役かっていた


律義なこの男はそれから直ぐ様、主人公の元へ戻り側へ控えるべきであったのだが、それがどうも億劫に感じ始めている
使命感の方にも、敬意や信頼の方にも、特に変化はない、今まで通りで、詰まるところクレが主人公に特別嫌悪を抱いているわけではないのだ
それは思春期の男子が家族に向ける反抗の態度に似た、ささやかなものに過ぎない


そんなふうに天井を仰いで、しばし無心に時間を潰していたクレは、勿論、平静に落ち着いたら仲間たちの元へ戻る筈だった



「あれは……」


天井の装飾が何か意味を含むものに感じられる、と気付き、クレは起き上がる
壁の奇怪な模様の方も、良く見ればそれは、一面に敷き詰められ綴られている文字だった

大して広くもない部屋のなかを行き、近付いてみると、やはり

それもハイリア語でなく、影の民であるクレにこそ読める言語であった





血塗られた歴史の産物
その大いなる力
陰りに送り 封じられる

悼み 贐 とし
神々がまた封じしは
死者の虚ろなる記憶



掌を壁に置き、深く刻まれた一語一語を読みほぐしながら、壁沿いを歩く

それは彼にとって大変身近に存在していたものを示唆していると、容易に気付くことが出来る



陰りの常闇 名は芥

神々が見限る全てを押し込めるべき 卑しき世


血塗られた王国の栄華
その大いなる都市
天空に送り 隠される

大地尽く剥がされ
零れ落ちし民は
滅びを待つ地上へ 或いは永遠の陰りへ

天空の静寂 大地の滅び 常闇の牢獄 に裂かれし王国の
憐れなるを嘆かば
この遺志は託されん








「遺志は…ここに託された…」


誰に言うでもなく、しかしそう口に出さねばならないと感じるまま、クレはそうした
敢えて言うならば、この言葉を残した者の魂へ向けて






「クレ、ナンだ生きてタ」

「…ムジュラですか」



天井の穴からひょっこり頭を出してムジュラがその下階の空間を伺いに来たらしい

秘密基地のような妙な閉鎖空間に感嘆した彼は、クルリ、と身体を丸めて落ちてくるが
途端、異様な空気を敏感に感じ取り、端正な顔を歪めて身震いをした
それを目にして、クレは、無表情の下にも沸々と、思うところがあった



「ムジュラは…ハイリアの民ではないのですね」

「ナンだ?」

「そして自分も、元はこの王国の…」

「ナニ?」


「ここに、イカーナ王国が滅びた経緯が綴られていました」


クレが読んだのは、この都市の歴史のごく一部に過ぎない
それでも確かに繋がり、託された痛みがあった



「王国の民が陰りに落とされたのも、都市がこうして天空へ飛ばされたのも、…王国が犯した罪、大いなる力を作り出してしまったことが原因だと」

「……」

「大いなる力は、貴方ですか」

「ダったら?」




ムジュラも、決して普段の、相手を不快にさせようとする嘲笑含みではなかった
むしろ珍しく真剣味ある低めた声音であったのに
クレは拳をムジュラの顔面に叩き込み、殴り飛ばした



「つッ、ぅう……オ、マエ!!!」

「もう一発だ」

「ハ!?」

「殴らせろ」



反対側の腕を引き、今度は頬を殴り付ける
更に鳩尾を容赦無く抉るかのような正拳と、首を狙って上段回し蹴りを続けざまに食らって、ムジュラは横に倒され、石床に派手に転がる



「い ギ、……ぃっぱつじゃ、ナイジャンか!オマエ…殺す」





「こらぁぁあームジュラ!クレ!!!やめなさい!!!」


二人は一度、女の声の方に注目した
天井と床の距離に恐々としながら、ムジュラと同じ様に上の穴からひらりと降りてきて二人の間に立ったのは主人公
続けて、勇者の影も軽々と降りてきて主人公に倣う

しかし、それも怒りを沈めるところではなく
ムジュラが顔の痛みから復活して起き上がると一呼吸も置かずクレに向かって駆け出していき、クレも再び構えをとる

「いい加減にしなさいってば!」

しかし二人が衝突する前に、主人公がクレの前に立ち塞がり両手を広げた
そうすれば、クレは渋々と拳を抑えざるをえない

ムジュラの方は、勇者の影に羽交い締めにされるも、興奮がおさまらないのか、鼻血をたらしながらも四肢を暴れさせてクレの方に噛みつかんとしている



「一体、何があったの!?」

「アイツガワルイ!ボクノセイジャナイ!ボクガウマレタノハボクノセイジャナイ!!」

「被害者ぶらないでください」

「それはあんたもよクレ」

「!……貴女には解らない…一族の痛みが」



始めて聞くような、彼からの反論の言葉に、主人公は目を丸くする
見兼ねた勇者の影は、ムジュラを軽く床に放り、歩み寄って行き主人公の肩を叩いた



「落ち着け、三人とも」

「わ、私は落ち着いてる!」


「何処がだ…はぁ」



勇者の影に溜め息をつかれるなど、心外も心外で
主人公は閉口しながら八つ当たりに黒い男を睨む
一体いつからこんな余裕な態度が取れるようになったのか、勇者の影に訊いたところできっと分からないだろうが
他人が異様に荒ぶる姿というのが余計に彼を冷静にさせているのかもしれない


「落ち着け、貴様らを放っておけば天空都市が崩壊しそうだ…話し合いで解決しろ」

「むぅー…それは私が言おうとしたんだけど」

「…考えが似てきたのか」

「それは…ショックだわ」



「そこ!イチャツクナよ!」








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