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天空より更に高い空の上
既に繰り広げられている戦いがあった

多様にその長い体躯をうねらせ、予想もつかない動きを見せるその蛇龍も
素早い機動性の翼竜の動きには翻弄されていた

互いにその喉から吐き出すのは灼熱の炎
火炎竜同士、優劣はつきがたい
溶岩の中鍛えられた岩石のような赤い鱗を有するヴァルバジアと
黒い鋼鉄の鎧に護られているナルドブレア
どちらも巨大さや屈強さに遜色はない、翼の分だけナルドブレアの迫力が少し勝る程度

それでも、ヴァルバジアの分が悪い
炎による攻撃が有効で無いのならば、爪や牙などの直接的なそれが勝敗を分ける
素早く、硬い鱗のナルドブレアが優勢だった

そして更に追い討ちをかけるように、背後から、ヴァルバジアの気に障る竜の声がもうひとつ
振り向けば、もう一頭、黒鉄の翼竜、ナルドブレアが猛スピードで突っ込んできたのだ







下へ引き寄せられるまま、落ちていく
フラりと首を、腹を、晒して無様に墜落していく

その間際、悠然と宙に留まる二頭の竜の言葉を聴いた




《この現し世を終わらせはしない》





















ズ シ ン…――







「え、何の音?」

「地震か?」

「えー…こんな空で?」

「何か、上方から近づいています」



天空都市の巨大な堂の内部にやってきたところで、各々の長耳がとらえた重々しい音
足を止めてキョロキョロと音の出所を探す主人公に、クレが上方から、と言葉を添える

ズン、ズン、と段々大きくなりゆく轟音と、伴い徐々に足されていく激しい騒音は、確かに天井から来ているようだった
ぱらぱら、柱や天井から剥がれた土埃がそれを物語る

巨大な瓦礫が絶え間なくぶつかり合い、さらに衝撃を大きいものにしていく、つまり、確実に、この建物の上方が崩壊していると思わせる衝撃が空気にさえ伝播していたのだ


「なんだかヤバそうなんだけど!!!」



嫌な予感がして、四人は一斉に、天井に向けていた視線を切り出口の方へ走り出す

巨大な歯車や、金網、プロペラ、無数の瓦礫、埃、騒音、諸々を巻き込んでいるその中心には赤い塊見えている
卵型のドーム屋根に穴を増やし、ずっと上階から床を崩して落下してきたのはヴァルバジアだったのだ




「主人公!」

「危ないカラはやく!」



ガラスを貫くような巨大なひょうよりも狂暴な、そんな天気の中を颯爽と走り抜け、扉付近からエールを怒鳴って送る勇者の影とムジュラに急かされるも
主人公の瞬発力が活かされたのはスタートダッシュだけで、段々と失速し、明らかに逃げ遅れていた

しかし被害は、主人公に合わせたペースで彼女の背後を走っていた律義な男に及んだ


「っ!」


崩れ抜ける床と後頭部に丁度ヒットしてきた硬いプロペラの破片により、運悪くその瓦礫の雪崩に巻き込まれたクレ
彼の埋もれ行く様を主人公は丸くした目で振り返り見ていた



「うわ、クレが下敷きになってた、珍しいこともあるもんだわ」

「何を悠長に構えているんだ貴様は」


床のブロックの半数以上が瓦礫と共に落ち地上を目指していった
残りの瓦礫は不安定な山となって疎らに残った床や足場に積もり、足の踏み場を奪っている有り様で
その山の中ほどでクレを見失ったが、勇者の影が呆れるほど主人公に焦りは見られない



「主人公はクレをシンヨウしてるカラなぁ、勇者の影知らナイノぉ?ふひヒ」

「!……」


勇者の影は明らかに分かるよう顔を歪め軽々しくそんな事を言い出す男を睨んだ
対して、同じく彼に注目した主人公は、ムジュラに言い当てられた心を今度は少々驚きに変え顔を強張らせる

実のところそうだ
クレが瓦礫に埋もれたところで、きっと影の中を渡って来るなどして面白味の無い顔ですぐ背後に現れることだろう、主人公はそのように彼を理解していた
故に心配はせず一先ず置き、ただならぬ登場の仕方をしたヴァルバジアに主人公は恐る恐る近づいた



「グ、フゥ…」

「ヴァルバジア、どーしたの!」


ガタガタの山の上を、覚束ない足取りで進み、熱く荒む吐息を吐き出しながら瓦礫から這い出してきた龍は、かと思えば、フラりとよろめき、またそこに伏してしまった


「主人公か、…聞いて、くれるな…」

「ナルドブレアに…やられたのか」


この天空において、この巨大な龍をここまで追い詰められるような魔獣がいるとすれば、雲の海原で遭遇したあの翼竜しかいないだろう
主人公に続いてやってきた勇者の影の、カンに等しいそれは図星で
途端、ヴァルバジアは首をもたげ勇者の影に向けかなり本気で火炎を放射した


「何でまたナルドブレアなんかと…わざわざ喧嘩しに行かなくてもいーのに」

「…あやつらから絡んできおったわ」

「あやつ、ら?一匹ではないのか」


黒く焦げた顔をごしごしと腕で擦り勇者の影はぴくぴく引きつるこめかみを抑えながらも、しっかりと話を聞いていた


「空の主の、せがれであろう…二対一とは、相変わらず礼儀を弁えぬ輩じゃ」

「二匹もいるの?あの竜」


弱ったなあ、と主人公はヴァルバジアの顔の側の瓦礫に座り首を傾げる

先程までおばちゃんを通訳にして天空人たちに聞き込みをした結果、リンクの足取りは掴めたが、その路がナルドブレアのジュニア達の縄張りにあり塞がれているのだという

ヴァルバジアへの容赦無い仕打ちを見ても、簡単に通してはくれそうにない
戦いは避けられないと予感して表情を曇らせる主人公へ、龍の大きな眼が柔らかい眼差しを送っていた



「案ずるな主人公、我が誇りにかけてもぬしを勇者の元へ送り届けよう」

「え?」

「…その誇り高い龍が、そこまで献身する理由は何だ」


「おなごが好きじゃからじゃ」

「はぁ?」



悪戯に、おとなしい暗赤色のヴァルバジアのたてがみを三つ編みになどしていた主人公は思わず手を止めてしまった



「わしは全てのおなごの味方なのじゃ」

「あはは、私、女で良かったかも!」

「それに主人公は…時の勇者の末裔にまみえるのであろう…その出会い、ぬしに必要なものか?」

「う?…うん」

「ならば勇者にも必要なもの…それを助けるに大仰な理由なぞ要らぬ」



最後に付け足された言葉を、勇者の影が不審に思い気に留める

時の勇者に討たれたこの龍の祖父を想えば、勇者とは憎しみの対象であろうに
その口振りには女である主人公と同等の慈愛が含まれている、それが勇者の影には理解できなかった







「ネェ、主人公、勇者の影」




天空都市の名を聞いてから、時折上の空で、今もヴァルバジアの話など聞いていなかったムジュラが、二人を呼んだ








「クレが出てこナイけど」



長話を済ませても、未だその健在を示さない真面目な仲間を思い出して
主人公はサッ、と青ざめた






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