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地面を破壊する騒音が反響すると
広場に隣接する建物では悲鳴を漏らし明かりを消して気配を消す人間が続出した


勇者の影の耳はその囁き声さえも聞き取っていた

街の異常事態を確認し合う挙動
その場を逃げ出そうと慌てる音
自分の安全を神に祈る呟き



(神に祈れば…何か助かるのか?)



勇者の影は祈りを捧げようと試みるが
誰かに祈ったことがなくては
何を祈っていいかも分からなかった

それにしなくても勇者の影は祈りなどしている暇はなかった




「馬鹿馬鹿しい…」



勇者の影が後ろに飛び退き噴水の小さい柱にブーツの爪先を乗せた直後
水の束が一瞬前の勇者の影の立ち位置に突き刺さり石床の破片が飛び散る

勇者の影は今まさに噴水の水量を遥かに上回って上り立つ水柱の触手に襲われている最中だった


四方八方からその先を尖らせて突撃してくる水の手達を
スレスレのところで躱し黒剣で幾つかを切り散らした



《そんなことでは我は死なぬぞ…》



高みからではないが高みのように見物をする女が嘲笑って言った
しかし勇者の影は更に笑って返した




「貴様の弱点など知っている、モーファ…何故こうして世に復活を遂げたのか、それだけ聞こう」



襲い来る水の勢いを足場として蹴り上げ
空中に跳んだ勇者の影を串刺しにせんと飛んできたそれらを切り伏せながら喋った



《その言葉…そのまま返そう》



女は勇者の影の言葉の正解を認めるようにローブを脱ぎ捨て
現われた水面のような体の内に収縮を繰り返す核を見せ付けた

その核こそがこの水の化け物
モーファの弱点であることは一目瞭然だった


「軽率だな、弱点を自ら曝すとは」


着地すると同時に核にダッシュするも
勇者の影と核の直線上に憚る水柱が妨害してその距離は縮まらない




《我に帰るがいい、今一度孤独な水と化すのがお前には相応しい》



「何だと…!?」



勇者の影はモーファの言葉に動きが鈍り背後から鞭のように叩きつけられ地面に倒れた
どうにか立ち上がる前に右の足首を水の手に掬われ体が宙に持っていかれる
それを切り離そうとするが左腕にも巻き付く触手


「っく…」

勇者の影は完全に拘束がなされる前に
左手の黒剣をモーファ目がけて投げ付けた



《当たらぬ…貴様の偽りの剣など》



核を宿した女の姿は黒剣の届かない空中を浮遊し
水の触手に支えられて浮かぶ勇者の影の目の前に躍り出た



「もう従うべき魔王は居ない、倒すべき勇者も居ない…俺を吊し上げて何になるんだ?」



《命乞いか?…ククク…昔の好でも期待したのか?……お前が『従うべき』とはよく言えたものだ》


勇者の影は手足を力ずくで動かしてみるが離脱は不可能だった
モーファはその様子を確認すると悠々と話を続けた



《主君にも従わず、『本体』に切り捨てられた小さき存在が、……何故今の世で名を貰い、人間と旅をするのだ?》



「……黙れ」


《お前はその存在こそがあってはならない、誰もお前を認めはしない…例え勇者に成り代わってもな》



「黙れ!!」




勇者の影の怒鳴りと共にモーファの声も止んだ

声を出す力も潰されたからだった


モーファの核となる部位に死角から黒剣が深々と刺さっている




《なっ、……こ…の》


「消えろ」


勇者の影の瞳に冷たく燃える紅が光ると
黒剣はぐりぐりと核の刺し傷を押し広げるように更に深く食い込みモーファを苦しめた


耳をつんざくそれの悲鳴が城下を振動させ
勇者の影を拘束していた水は空気以外のものに染み込んで消えた





「………」


地に足を着けた勇者の影が思い出すのは
ハイラルの人々から奪った勇者の記憶ではなく

薄明るく広い空間だった


霧が立ちこめ自分の位置すら掴めない
ただ足元に薄く張られていた水に
そこに映る姿だけが自身の存在を確かめさせる


彼は水だった


誰一人現われない孤独な部屋を埋め尽くす霧と水面だった


水面を揺らし静寂を打ち破る者を待ち続けた孤独そのものだった









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