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宮殿を出て、そこを取り囲む貴族の居住地を抜け、繁華街にあたる通りを二人は歩いた
人々が賑わいを見せるそこは十分な広さがあるにも関わらず、狭さすら感じさせる
少女は初めて見る光景に顔をキョロキョロさせて目を輝かせた


 ゴンッ


「痛っ!?」

「余所見すんな顔あげるな!」


叩く手に加えて、少女に貸し与えた帽子の端を下に引っ張り、エレが指摘する
これももう二、三回繰り返されているのだが彼女は諦めない

宮殿とは違い光が殆どなく、空明かりだけの暗い景色に、しかし影の民の輝く双眸が多く揺らめいている
多様な宝石を散りばめたような街の姿だが、確りと生ける者の営みがあり、自然と活気に当てられる

微笑みが浮かぶのは不可抗力だった
それを横目に見下ろして、エレは密かに小さい笑いを耐えていた


「おいチビ」
「…チビじゃないけど何」
「テメェ、名は?」

少女は瞳の黒色に見せていた輝きを追い出して顔を微かに歪めた
注意されても下げなかった顔を俯かせ足取りを重くし始めたので、エレはなんと無しにその意図を悟って軽く言った


「俺が名前つけてやろうか」
「…要らないよ」
「遠慮すんなよ、俺のネーミングセンスはこの国一番だぜ」

少女が疑わしげに、青い男を見上げた
だが彼の方はもう自分の思考に耽り、うんうん唸るだけで、彼女の呆れと、少しの期待に気付かない


「そうだな…テメェ真っ黒なナリしてっから、黒子ってどーだ」

「うん、最悪」


見事に期待を裏切られた少女の即答を聞き、エレが反射的に彼女の頭を叩く



「じゃあ黒チビ」

「…ぃ、痛ーっ……それはちょっと…ストレート過ぎない?」


あまりに痛がる少女が自身で慰める頭を、やり過ぎたかと小さく反省してエレはガシガシと、帽子の上から掻き回した
こんな雑な感じはどこかイクサに似ていて
少女は擬似的な安堵を覚えていた







エレの足取りを辿り、着いたのは雰囲気のいい喫茶店だった
昼時を過ぎていたからか、人気も殆ど無く、無意識に彼女は息をつく
出迎えるようにすぐ視界に飛び込んだカウンターの奥の席に座りに行くエレを慌てて追い掛け、高い椅子に腰掛けると、店主の男が怪しい笑みを浮かべて近寄る


「やあエレしばらく、今日は彼女連れか」

「ハッ、女なんて見当たらねぇな」


顔馴染みなのかエレの雰囲気が少し和らいでいくのが伝わった
叩いた軽口の冗談を知りながらも、少女は気分をムッとさせ呟く


「…失礼だね、君って」

中性的な顔立ちに加え、一人称にも女らしさがない
そう言われても半ば仕方なしと諦めている節もあったが、やはり癪にさわるのだ
しかし歪めた顔の表情を隠す帽子がおもむろに取り上げられてしまう
なんと店主の男にだ


「う、わっ、ちょっと」
「あーぁ、光の民を連れ出すとは…エレ、お前…」
「おい、見世物じゃねぇぞ」
「寂しくなるなぁ…もうエレの顔も見れないかと思うと…」
「誰が死罪だボケ!!!!」

光を帯びる少女の姿に全く動じない男の態度にポカンとするばかりで、目の前で繰り広げられる漫才には笑えもしなかった

「あ、俺はカワダ、この店はちょっと訳ありなお客しか来ないからな、周りの目は気にしなくても良いいのさ」
「…は、はぁ」
「まぁ寛いで行きなよ」

丁度良く店主を呼ぶ他の客の声がして、カワダは居なくなり、少女は心内にて小さく安堵した
そうしてふと横を見れば、何処から取り出したのか、カウンターテーブルの殆どを独占する紙の山を広げて忙しなくペンを走らせるエレが居た

「何してるの?」
「団の連中の休暇願に俺のサインが必要なんだとよ」
「へぇ…」
「今時紙の書類て何だっつーんだよ、なぁ?面倒くせぇだけだ全く、テメェも手伝え」

やはり忙しい時に我が儘をぶつけて迷惑だっただろうかと、少女の胸に後悔が淀む前に、ドカッと紙の束が寄越される

「えーと、…何をしたらいいの」
「オレのサインを真似て、此処に書いていくだけだ」

そんな無責任な事をして許されるのだろうかと、軽く咎めようとするが
イライラをインクに載せながらサラサラと毎秒三枚の速度で処理していく騎士団長殿の雰囲気に気圧されて、少女は辿々しくペンを滑らせた









大雑把に優しさ紛れさせる男はやはり、どうも自身の世話役に似ている所が目立つのに
少女は知っている、エレがイクサを好いていないことを



「あのさ…君ってイクサが嫌いなの?」


突飛なことを聞いて、エレは片眉を上げた

「好きなわけねーだろ、顔見るだけで腹が立つ」

エレは数分前に運ばれてきた料理を片手に摘まむペースを早めて苛々した空気を撒き散らした
それを確かに肌に感じつつも、ハーブティーに勇気を貰いながら少女は伺う

「その、…何でとか、聞いてもいいかな」

はぁ…、と男の溜め息からの振動が増幅して自分の肩を震わせたように、彼女は錯覚する
暫くコーヒーが過る男の喉仏を観察していたが、直後紫の眼と視線が合致してしまった



「…ザントは俺とクレじゃなく…イクサを選びやがったんだ」

「!……(ザント…)」

「俺とクレが二人なら誰にも負けねぇのに…ザントはアイツを」

それは嫌いというよりも嫉妬に聞こえ
方や反乱を咎める話かとも錯覚したが、ただ関われなかったことを悔やんで見えた
不貞腐る子供も同然の姿には彼女も微笑を溢さざるを得ない
それはただの親心が含まれているのでは、などと言葉を添えてやるほどに、少女もまた人の親の心を未だ知らない年頃だった



「俺もさ…今日はイクサが嫌い、かな」
「おぅ、テメェも今のうちに愚痴っとけ」
「イクサってさいつも殆ど俺のこと放っておくのに、何かあった時だけ保護者面するんだ」
「あるなぁ、世の中そんな自己満足野郎ばかりだぜ、おい、クレなんてついこの間…―



変わらぬ空色の世界は楽しいときもまた進まぬ時の事と思わせる
それでも影の民は一日の終わりを誰に知らされるともなく知り、咲いた話に切りを着けて帰路へと立ち上がるものだった


「カワダ!勘定」
「おー、コーヒーにハーブティー、サイドメニュー2点と、計175ルピーだ」
「相変わらずぼったぐりだなぁテメェは」
「商売上手と言って欲しいっての」

財布を見せ半ばまで出しかけたルピーを引っ込めると同時
いや待てよ、と溢して、いいことを思い付いたようにエレの顔が輝き、財布をしまってしまった


「今日はツケとけ」

「珍しいな、どなたに?」



ニヤリと笑うエレと目が合い、少女は意図を察して苦笑を返す
声は見事に調和した



「「イクサ」」






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