耳にタコが出来るほど、口を酸っぱくして言われてきた
それでも言い付けを破ったのは彼女の根本の気質がそうさせるのだ
当然お咎めが降りかかる
世話役の男からの容赦ない拳骨と、静かながらはっきりと畏れ覚えさせる叱咤
少女はせめてもの反抗に、最後まで涙を堪えて彼から逃げ出した
宮殿の、何処ともわからない通路の、柱の影に、身を縮めて嗚咽を抑える姿は、人気の無いその場所では誰の目にも留まらない
と思われた
「おい」
ビクリと大袈裟な程体を跳ねて反応した黒い塊に、男は構わず歩み寄り、襟首を引っ掴んで無理矢理立たせた
「ぅ、わ…!」
「邪魔だボケ」
「君は、えと…エレ?」
「おう」
無愛想に生返事をして、エレはポイッと軽く少女を投げ捨てるように離した
邪魔と言われてよくよく見れば、彼女が踞っていた側の壁には立派な扉があり、どうやらこの男はそこに用があるらしい
ポカンとしている間に彼は乱暴に中に入ってしまい、数秒でまた戻ってきた
普段の団服姿ではない見慣れないそれに、少女はやはり呆気に取られている
エレはそんなことも眼中に無いらしく、さっさとまた何処かへ歩き始めた
そこを彼女は慌てて呼び止める
「あの、俺も一緒に行かせて、くれない、かな」
「はあ?」
大袈裟な程の大声に聞き返されて萎縮するも引き下がらない
男のそれは私服だ
どんな理由にしろ、宮殿の外に出て行く可能性が高い
だが案の定、エレは断る
光帯びる少女は、重要機密だ
ほいそれと連れ回せる訳がないのだ
「駄目ならこのまま此処で踞って泣いてるよ…それで困るのは君の方だと思うけど…?」
「テメェ…っ」
男の顔がヒクヒクと引きつったのを少女は見逃さない
すぐそこに見える扉はエレに与えられた執務室だった
そんなところで国宝級に大事にされるべき少女が泣いているのを、誰かに見られた日には明日の黄昏空も拝めないことになりかねない
エレの観念した溜め息が溢れる
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