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散歩、と言って多く風を引き連れながら空を飛んでいってしまったヴァルバジア
それに珍しく、ムジュラも、都市を見て回りたいと願い出たので保護者として一緒にクレを行かせ

主人公と勇者の影は二人でおばちゃんについていくことにした


「あなたは黒いけど、あのお兄ちゃんにそっくりねぇ、懐かしいわぁ〜」


勇者の影のしかめっ面などほぼ無視して、おばちゃんはひょこひょこと忙しない鳥のような首で、何度も勇者の影を覗き見て言った
疎らな塀にしか囲まれないでほぼ空に剥き出しな路を行き、そのおばちゃん天空人に案内されて向かうのは巨大な卵型の外観の店、雑貨屋だ



「この子は勇者の影って言うの、似てるけど違う人だから、あと私は主人公!よろしく」

「勇者の影ちゃんに主人公ちゃんね」

「さっそくだけどおばちゃん、最近その…リンクを見なかった?」

「それがね、見てないのよ」


びゅーびゅーと風鳴りに邪魔され、自然、大きくなる会話の声に紛れ、ホッ、と息をついた勇者の影
未だリンクが見つかる事への倦怠や恐怖が消しきれていないうちに、フラッと何気なく彼と対峙する勇気が勇者の影には無い
そんな彼の憂鬱を他所に、おばちゃんの言葉はまだ続いていた


「でもこのお店の人が少し前に見たって言うのよ」

そう結ぶおばちゃんの声と合わせるように丁度、彼らは雑貨屋の扉を潜る

天空人の小さい身体には余りある十分な広さの綺麗な店の内装に、しかし自棄にプリプリと怒って煩く小言を漏らす天空人の存在感が勝っていた


「こんにちはぁセバスちゃん」

おばちゃんの声に気付き、セバスと呼ばれた店主の天空人がカウンター向こうの止まり木椅子の上で振り返りこちらを見た
やはりその姿は、おばちゃんの様相と変わりない


「地上人向ケノ商品導入ハ大コケダヨ!!!」

「ん?」

「地上人全然来ナイ!アノオ兄チャンハ嘘ツキダッタ!」


今一聞き取りづらい片言のハイリア語に、主人公は顔をしかめて首を傾げた
内容の理解に手間取っているのだ


「えーと…セバス?そのお兄ちゃんとやらの話なんだけど」

「あらあらぁ、ここではちゃんを付けてあげなきゃだめよぉ主人公ちゃん」

「え?なに、そうなの?」


おばちゃんの割り込みに主人公は半笑いを溢す
天空でのしきたりやら習慣なのだろうか
名前に可愛らしい接尾語を置くと言うのは、慣れないが面白い試みだと思い、主人公は隣に立つ勇者の影を見た
嫌な予感がしたのか、ギクリとした赤い目と楽しそうな赤い目が見合う


「勇者の影ちゃん」

「…やめろ」

「あ、照れてる照れてる、勇者の影ちゃん!」

「……………………主人公ちゃん」

「ごめん気持ち悪かった」

柄にもなく空気を読んだ勇者の影の返しに主人公は青ざめあからさまに顔を背けた

斯くして本題に戻り、主人公が得た情報は
三月ほど前に確かにリンクがこの店を訪ねたというもの
しかしその際に彼の求める商品が店には無かったらしく、交わした会話も多くはなかったという
その会話の中でリンクが溢したこと、大砲のお陰でこれからは地上の人間も気軽に天空に来るだろう、という内容が
ようやっと主人公と勇者の影が来た程度でまったくその兆しの無い、嘘であったのだと店主は憤慨していたのだった



「うわ…なんて言うか凄く申し訳ないんだけど…」

「あらぁ、どうしたの?」

「大砲、壊しちゃったのよね…勇者の影ちゃんが」


ズビッ、と躊躇いなく勇者の影に指を差す一方、なんとも同情を誘うほど申し訳なさに満ちたわざとらしい表情で主人公は額を抑えていた


「大砲ガ壊レテルナンテ!!」

「待て、あれは元はと言えばムジュラが」

「コノ詐欺師地上人!!」

「なっ、!!?」
「うわぁ!!」

店主セバスは憤慨して、在庫に余りある爆弾を次々と勇者の影に向け投げ始めた
勇者の影のリンクと見紛う容姿が仇となったようだ
大量の商品導入の助言をしておいてその後、それを破産させるように大砲を壊す
一連の非道な行いは偶然重なっただけで、リンクが企んだのでも勇者の影が企んだのでもないが
怒りの矛先はこの場に居合わせた彼だ

地面ごと揺らす振動と鼓膜に突き刺す爆発音が暫く続き、勇者の影も主人公も追い出されたのか逃げ出したのか分からない形で雑貨屋を飛び出した



「ごめんねぇ!悪い人じゃないのよ」

とことこと蔓延する黒い煙から遅れて出てきたおばちゃんが申し訳なさそうに羽をばたつかせてきた


「おばちゃん、あの人宥めてくるから、都市の案内は後でさせてね」

「あの癇癪をどうやって宥めるんだ…」

「それじゃー、ムジュラちゃんとクレちゃんを探しに行こう」



未だに爆煙と熱風を上げる扉の奥へ舌打ちをする勇者の影の、袖をつんつんと引き主人公が促す

そういえば、そう、彼を引っ張る首輪や鎖はもう無いのだったと勇者の影は思い出した









「…主人公」

「ん?」


「リンクに…会ったら、お前はどうするつもりだ」



来た道を引き返す道中、なかなか避けていた話を遠慮なく持ち出す無骨な男には、最近は本当に苦労する、と彼女は少々猫背気味になった


「その言葉、そのまま勇者の影に返したいよ」


苦笑を溢す主人公に対し
勇者の影も苦々しく俯いた
そうして黙り込み、勇者の影の黒帽子と、主人公の髪と服の裾とがはためく音が煩く聞けた

最初の広場に辿り着き、そこからもう一本伸びている道を渡る
ムジュラがそちらの方にふわふわ走っていくのを見たからだ









「勇者の影とは…戦う事になったりして」






ぽつり、空気に放った言葉に彼が振り向けば
伺うように、ソロリと赤い視線だけがこちらを向いていた

リンクを無き者にすることを本能として持つ勇者の影と
その目的は主人公と一致しない
ならば互いの為に、リンクの為に、命を掛けることもあろうかというもの


しかし主人公の呟きは、勇者の影に鼻で笑われた




「絶対に無い」


「…どーして?」


「それを俺に言わせるのか」

「あははっ、うん、でも…そーだね、勇者の影とは戦わないよ、勇者の影は死なせたくない」


それを彼女が言うか
勇者の影は半ば呆れに脱力し転びそうになった
まさかこの女は、勇者の影と戦って、そして勝てるつもりでいるのか
だが想像したとき、その方がずっとリアルだと勇者の影は知る
自分に彼女を傷つける気概が無ければ、やはり負けるのはこちらだ、と




「勇者の影、最初に会った時よりずっと…いい人になっちゃったよね」

「文字通り、『人』にな…もはや俺は影に戻れなくなっているようだ」

「うーん、それも引っ掛かるところ…でもあの黒い霧になるヤツすごーく恐いんだよ!分かる!?」


最初を思い出すなど、辛気臭いにも程がある
最初を思い出すのは、最後の時を感じさせる

ケラケラとムジュラのが移ったような笑いをしている主人公が
もしかしたら、ずっと手の届かない彼方へ行ってしまう、そんな別れが、すぐ傍まで忍び寄っているかもしれないのだ






「主人公」


「はーい?」





「俺とも約束しろ」





主人公は僅か、目を見開く
約束、とは、村宿でのゼルダとのやり取りを盗み聞きしていたことに繋がるが
取り立てて攻めることはせず、主人公は立ち止まり勇者の影を見上げた



「何かしら…伺いましょうか」


男の白い肌色の瞼が一度伏せられる
それから開かれ、現れた紅い目は一層、映えて綺麗なもの
きっとこの色だけは、リンクと重ねても消えない彼だけのものだ






「この旅が終わったら…俺と」

「勇者の影じゃマ!!」

上からの声があったかと思ったら、主人公の視界からあっと言う間に勇者の影が消えた
少し顎を引き、視界を下にずらせば、男二人が重なって伏している
ムジュラが降ってきて、勇者の影を押し潰したのだ


「何してんの君たち」


主人公は呆れながらも、間の悪さに定評があるムジュラの妨害に肩を震わせるほど笑った
すると続けて、ひゅん、と音を僅かだけ立てながらクレも降ってきて迅速に主人公の問い掛けに答えた


「あの未確認浮遊物体の捕獲に努めておりました」


「浮遊物体…?」



また下らないことを始めたムジュラに、律儀に全力で手伝うクレの、この二人の今回の哀れな標的は何か、と
今度は上を見上げると、主人公の目がとらえたのは確かに、奇妙な浮遊物




「あれ、砂漠で見たやつだわ」


頭上数メートル先、いくつも浮かんでパラパラとプロペラ音を立てるそれ、主人公がゲルド砂漠で見かけたパイン、もとい、プロペラの実であった




「砂漠と同じ奴が…どーして天空に」

「あらぁ、だってこの都市は、もともと下にあったんだもの」


先程の騒動を本当に鎮圧してきたのか、黒く煤を被ったおばちゃんが主人公の足元までやってきていて
重なり倒れる勇者の影とムジュラを、あらあら、と嘆息しながら微笑んでいたが
その前に随分と主人公の興味を引く話題を投下していた


「え、何それ、下って…地上のこと?」

「何でもすご〜く昔、地上にあった頃の『この国』で悪さをした人が居てね、神様が怒って、大きな都市ごとお空に飛ばしちゃったのよ」

「……その、…都市のあった跡が…今は砂漠になってたりするの?」

「さぁ〜、そこまではおばちゃん分からないわ」

「…ちなみにその、この都市の、国の名前、は?」


何かピースが組み合わせられていくような、胸の高鳴りを聞きながら、主人公は努めて平静に、ゆっくり言葉を紡いで尋ねた



「随分古いお話だから、最近はお空でも知らない人が多いけど、確かねぇ、イカーナ王国」


主人公に聞き覚えは無く多少の落胆を見せる


だが顕著に反応したのはムジュラだった










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