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(宮殿の修練場にて)


橙色が印象的で、顔に大きな傷跡が残る男は、不躾なまでに青髪の青年をよく眺めた
流石の彼も居心地が悪くなってきた頃、やっと声が発せられる


「あー…お前、クレじゃなくてエレ、だよな?」


「……チッ」


出やがったな、と憎々しげに呟く、少年の面影を残した青年、エレ
対する橙色の髪の男は、相手の態度を気にする様子もなく彼の青髪をぐしゃりとかき混ぜた
当然、エレはその手を振り払って反抗する


「気安く触んじゃねぇよボケが!」

「や、初めてクレエレを見分けられた記念に…」

「テメェそんなに俺らの見分けが難しいのかゴラ」


全然違うじゃねぇか、と言い張るエレだが、実際の所決定的に違うのは瞳の色と、その口調だけだ
遠巻きに見ていれば双子である彼らの違いなど一筋縄では見分けることができない
イクサも例に漏れることなく、クレとエレを見分けられないでいる
それどころか近くで正面から向き合い、区別がつかない事も多々あった

そのことを思い出したエレは額に青筋を浮かべて、自分よりも背の高い男を睨みつけた
この身長差に苛立つ事も、もう何度目になるのだろう

「あーよかった、これで間違ってたら世話ねぇもんな」

「クソ、クレの奴がここに呼び出してきやがってサボりの口実に丁度いいとか思ったらなんでテメェが…」
「そりゃお前の兄貴にお前との約束こじつけたの俺だし」

「テメェかァァァ!!」


口と同時に手が出るタイプのエレは、直情的に伸ばした手でイクサの胸倉を掴んで揺さぶる
がくがくと揺れているにも関わらず彼はものともせず笑っていて、更にエレを苛立たせることとなって
「あんま怒ると血管切れるぞ」というあくまで親切心からの言葉が、色々な意味で止めとなった


「…もう無理だ無理。テメェ俺とサシで決闘しやがれ」


言いながら、エレは腰の双剣を抜き放つ
それを見て一瞬呆けた顔をしたイクサだが、やがて小さく頷くと
自らの影に手を置いて、黒い長剣を構成して握り、構えた

エレは鋭く目を細めて、再びイクサを睨む


「……『陰りの死神』ってのは、鎌使いだと聞いたんだが?」


剣呑な声音に、しかしイクサが動じることはない
彼はぶんぶんとまるで子供のように剣を振り回して、その手に馴染ませた


「気分だ気分。新騎士団長殿の実力を推し量るにゃ同じ武器のがいいだろ?」


「ハッ、そりゃ楽しみだなァ!!」


エレは疾風の如く速く駆ける
一瞬にしてイクサの目の前にまで迫ったかと思うと、両の剣を振り上げ
剣二本分の重さの斬戟を繰り出すも、相手は流れるような動きについてきて、黒い剣の腹でそれを受け止めた

ギチギチと火花を散らして拮抗の状態を保っているにも関わらず、イクサはどこか力の抜けるような表情を浮かべている


「……おぉ、案外強いんだな、お前」

「ったりめェだ、このボケが。俺を誰だと思ってやがる?」

「元第一師団団員、現影国騎士団団長サマ、であってるよな?」

「大当たり、だッ!」


力の拮抗を力押しで破ったのは、双剣のエレの方だった
いち早く引いたはずのイクサだが、逃げ遅れた軍服の裾にひとつ、切れ目が入るそのことに危険を感じるでも、衣服を傷つけられたことに苛立つでもなく、彼は素直に感心しているようだった
そんな子供のような表情が、仕草が、どうしてもエレの勘に触った

(何であんな奴に、)

どうしてあんなふざけた相手に勝てないのだろう
エレは元より勝つつもりではいた
だが勝てない事を本能的に悟っていた
実力差を見極められないほど、彼は無能ではない、何せ騎士団長なのだから

一度間合いを取ったエレの目線の先、橙色の彼はくるくると長剣を回して遊んでいる
その余裕を、たまらなく崩してやりたいと思う

頭に上った血を冷ますため、一度深呼吸をして心を落ち着かせる
苛立ってばかりでは何にもならないと、よく双子の兄にも言われていたから


「……俺はやっぱり、テメェが気に食わねェ」

「そうか?俺は結構お前の事気に入ってんだけどなー」

「気色悪い事言うんじゃねぇよ」


会話の最中にも、剣と剣がぶつかり合って赤い火花が散る
そしてエレが気付いたのは、イクサが自分の剣を受け止めてばかりで全然斬りかかっては来ない事

(マジでムカつく、俺は若干殺す気でいってんのに)

「やる気あんのかよテメェ」


「んー……さぁな、っと!」


楽しそうな笑顔のまま振われた黒剣は
エレの双剣の片方、刃の根元に甲高い金属音を立ててぶつかる
小刻みな振動に耐えきれず一瞬麻痺した左手から、剣は遠くへ弾き飛ばされた

剣が弾かれた方向と手に残った剣とを交互に見比べて、最後にイクサの方へ目を向ける
彼は相変わらずへらへらと、軟派な笑みを浮かべて、底が知れなかった


「…まだ勝負は、」

「あ、やべっ」


突如イクサは剣を手放し、重力に従ってそれは落ちていく
すると彼自身の影に吸い込まれるように黒い粒子となり、小さな波を立たせて主の影へと還った

状況を理解できないエレは、片手の剣を構えたまま頭上に疑問符を浮かべる
紫の瞳に映された青年は橙色の頭をがしがしと掻いて、肩を竦めて言った


「……俺、今度の会議の事で姫さんに呼ばれてたんだった……」

「…は?」

「いやぁ、つい忘れちまうんだよな。そんでよく怒られるんだ」


悪びれもせず朗らかに笑う、エレよりも明らかに年上のはずなイクサ
彼の言葉を反復するなら、そう、姫さんというのは影の国の最高権力者、族長であるミドナ姫のこと
彼女に呼ばれているというのに頻繁にそれをよく忘れるらしい
側近であるくせに、よく、忘れるらしい、と


「……お前、マジで何者なんだよ…」

「イクサ。元お前の親父の部下で、現ミドナ姫様の側近」

「違ぇよ、俺が知りたいのはんなことじゃなくて、お前は…!」

「まぁあれだ、詮索するのってめんどくせぇだろ?」

一つだけ言うなら、と
イクサは先刻切り裂かれた服の裾を眺めながら、唇で緩く弧を描いた



「俺はやっぱただのイクサだよ。地位とか家系とかそういうの、俺には邪魔だし重すぎるぜ」



それはもしかしたら、僅か一遍だけ陰りの死神が垣間見せた本音だったのかもしれない
だがそれを問い詰める隙もなく、イクサは近場の影に溶け入って、恐らくは姫君の所へ向かってしまった


エレは落ちていた剣を拾い、鞘に納める
既に姿を消した人物に届くはずもないと知りながら、ほぼ無意識のうちに唇だけで呟いた




「俺だってイクサ……あんたのこと……本気で嫌っちゃいねぇよ」






一陰りと夕暮色の話






いつか擦れ違った時、少年は確かに憧れていた
父の隣に立つ橙色にいつかは並んでみせよう、と
兄にも父にも言わず、エレグアは、彼に憧憬を抱いていた


10.0401.
円様へ!



* * *




ツンエレきたぁぁぁぁああああああ!!!!!(落ち着こう)

空渡りの翡翠様より、去年のお誕生日祝いにいただいてました!時渡の頼れるやらかし兄貴イクサくんと我が家のエレくんを絡ませてもらいましたよ!!
完全に手玉にとられているねエレくん!羨ましい奴め!円だったらこんなお手合わせで弄ばれたら光の速さで惚れてまうんですが、エレくんェ…。はぁ…どうしようやっぱり恋かしら←
毎度コラボを素晴らしく書いてくださる翡翠様ですが、何より、一切遠慮せずAMキャラを余裕であしらうイクサくんを書いていただけるのが本当に嬉しいです← これなんて円得…

翡翠様、素敵なイクサくんとエレくんのお話をどうもありがとうございました!


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