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風を切り、荷を背負い、重力に逆らい、しかし堂々と天を目指す姿のなんと勇ましいことか


きっとこのしなやかに舞う姿を目に映せば惚れ惚れと嘆息しない者は居ないであろう、とヴァルバジアは思い巡らせ、得意気に目を細めていた









「ひゃぁぁあああわわわぁぁああ落ちおちっ、落ちる!!!」


「主人公、チョ、と!!!!ボクの方がアブナイから!!!足ヤメテ!!!」


「貴様ら俺の境遇を見てから弱音を吐け!!!」




威風堂々たる龍の背に運ばれる荷物たち、改め人が三人は見惚れる余裕もない


首輪の鎖を巻き付けた腕で、ヴァルバジアの太い首にしがみつき、体に際限無く襲う浮遊感の恐怖から悲鳴をあげる主人公と

その少し下の龍の胴に乗り、主人公のばたつく足に顔を蹴られ続けるムジュラ
長い胴をうねらせ空を昇る蛇龍のそこにしがみついては、今にも振り落とされそうで彼は真っ青に血の気を引かせている

しかし一番危険なのは、ヴァルバジアの足の爪を両手に掴み、鉄棒にでもぶらさがっているような状態で風に煽られる勇者の影だった






「うぬら少しは閑にできんか、気が散ろうて手が滑りそうじゃ」


「殺す気か!!」


「黒ススを一粒放ったとてわしの心痛むところではない」


「ああぁぁヴァルバジア!!!私そろそろ大地が恋しいよー!!!マジでぇー!!!」


「しかして主人公、天空の都は未だ遠方ぞ」


「もうかっ飛ばしていいから!一人二人振り落とす勢いで良いから!!早く行こー!!」


「あい分かった」


「「オイィィィイイイイ!!!!」」




ハイラルの大地から離れ遥か上
雲を突き抜けた太陽に近い空で谺する叫び
それすらも取り残して、ヴァルバジアは飛行速度を上げていった

ますます悲痛になっていく男どもの声など、長耳を切り落とすような鋭い風と耳鳴りにより簡単に掻き消える

大快晴のパノラマに雲海原の絶景を泳ぐのも、身の安全さえ確保できれば大いに楽しめたものを、主人公は若干口惜しく思いながらやはり目を固く瞑り景色を追いやる
何しろ、三人もの重量にヴァルバジアがいつまでも耐えられるかも気掛かりの一つ
この龍曰く、心配は無いと言ったものの、何となく、こうも人間にしがみつかれた龍の窮屈さを見れば頼り甲斐も半減なのだ
勇者の影が言うにも、ゴロン達の伝説にあるヴァルバジアと比べれば未熟な大きさであるらしい

しかしながら空を渡り行く様はしっかりと力強い
あまりのスピードに自分こそ吹き飛ばされてしまいそうだと、主人公は今一度ヴァルバジアの立派な鬣に顔を埋めた



相も変わらず主人公達が、幾通りもの悲鳴を後ろへ流している最中
風が変わるのを気取って、ヴァルバジアは翡翠色の目を細める

眼下に敷かれる雲の中、自分達とは違う、蠢く影が、ぴったりとヴァルバジアの影を追って来ていた

ヴァルバジアは大気を叩き割るかのような激しい咆哮を上げて威嚇した




「どど、どうしたの!?」

「恐らくは…天空の翼竜」


「え?何!?」


「空の主は討たれたと聞いておったが…いかんな」


「なに!?聞こえないけど!!」




風に邪魔され何も聞き取れない主人公に、妙に可笑しさが込み上げ赤龍の喉がグルルと呻く

しかし次の瞬間には、目に厳しさを浮かべ、首を上向き、急上昇をはかる

そこへほぼ寸分違わぬタイミングで下の雲から火炎が吹き上がった



「ぬわぁぁ!」

「アッ、勇者の影が焦げル!」

「焦げて、たまるかっ」


炎の筋を華麗に避けたかに見えたヴァルバジアだったが、追撃にまた火炎の帯が放たれていた

下に宙ぶらりんの勇者の影はどうにか腕の力にものを言わせ、身体を捻りそれを避け、ムジュラの予想と少しの期待を見事に裏切る
しかしその炎の先が、ヴァルバジアの尾先に少々掠めてしまった
どうもそれが逆鱗だった





「翼竜ごときが…下劣な火の粉を、このわしに、浴びせおったな!!!」


「うわわっ、ストップ!!!ヴァルバジアちゃん!!抑えて抑えて!!!」



怒りを燃やせばこの龍、鬣を赤々とした炎に変化させてしまうのだ
それこそたまったものではない
ヴァルバジアの鬣の中に埋もれている主人公は冷や汗を吹き出して宥めに徹する

しかしこの不安定な状況で攻撃を受け続けるのも危険


「クレ!」

「承知しております」


重量軽減のため、主人公の影に潜んでいたクレが呼び声に応じ、透かさずヴァルバジアの頭の上に現れる
嫌がるヴァルバジアに振り落とされるより前に、自身の役割を悟ってクレは雲の中に落ちていった

よくもまあこの立つ瀬無い空中でためらいなく身を投げられるものだ、と主人公は彼の忠誠心に呆れるばかりだった

暫くも経たぬ間に、彼女の目には白いばかりだった雲の波間に、鋭く青い閃光が走る
続けざま、竜の雄叫びも上がる

青い稲光に浮かぶ巨大な影と、乱れ弾ける一角の雲を目印にして、主人公は身体を起こし、弓を構える



「アれ…主人公、何スンのさ」

「貴様は黙って見ていろ」


主人公が弓を構えて妙に様になるというあり得ない光景にムジュラは目を疑うが
何故か勇者の影の得意気な訳知り声が下からかかる




「い、っけえぇーぃ!!!」



雲の中の影に向け、狙い通り直進する光の矢は、触れた周囲の雲を爆ぜ飛ばし、バフン、と白海に大きく穴を空けた








― ギィィアアアア !!!!



姿を現したのは両翼の黒竜、とその背に刃を突き立てるクレ

強風に吹かれて光の矢は流されたらしく、主人公の狙いを反れて黒竜の翼の付け根を掠めていた



「あ、当たった!」

「アハ、チョビッとだネ、主人公優しィー」

「スルー!」

「アァん!スルーしないでヨ!」


主人公は起こしいた身を改めガバッと再度ヴァルバジアの首にしがみつき、ぽんぽん、と銀首輪を叩いて合図を送る

思わぬ反撃に怯んだ黒竜は尾を翻して雲の奥深くに逃げ帰っていく
それを確認し、竜の堅い背の黒鱗を蹴り宙に飛び出していくクレを、ヴァルバジアが拾いにやってくる



「お見事でした、主人公様」

「…クレにだけは言われたくないわ」


「も、申し訳ありません!」






「おい!天空都市が見えてきたぞ」





一人、雑に扱われたままぶら下がる疎外感が面白くなくて勇者の影は声を割り込ませる

前方に小さく、渦巻く雲を纏い、天に聳える遺跡が見えてきた

主人公が喜び笑顔を浮かべるのも束の間、ヴァルバジアは今一度咆哮し、風を切り進み始めた






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