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主人公はシルバールピーの結晶をしっかりと手に持ち走っていた
懐にしまっておけるような袋は消えてしまったし
もう誰にも盗られないよう自分の手の中に収めておきたかったというのもある

そして彼女は全力疾走していた
もうとうに尽きているはずの体力だったが「無いものはでっちあげる」効果が継続しているのか
体力のことなど忘れているのか

先程に見た広場の方の水害が気になっていた
ただのイルミネーションとか派手な水遊びとかなら別にいいのだが
ルピー泥棒の女が時間稼ぎをしたことだし
同じく水を操るような人間外生物だったために
広場に待機させていた勇者の影の安否が気遣われるのだ




「…っていうか鎖が自由だし、もう逃げてるかもしれない…!」



主人公は走っていた足の動きに急ブレーキをかけ
ズザァーっと土埃をあげて止まった

勇者の影が居ないとしたらわざわざ危険な敵がいるかもしれないその場所に出向いてやる必要は無い
しかしそうすると自分のこれからの行動はどうすればいいのか
何処に全力疾走するべきか
むしろ全力を出してまで疾走する意味はあるのか

主人公は立ち止まったまま首を傾げた




「いや…勇者の影は馬鹿だから、逃げてないかもしれない」



うんうん、と二度ほど
誰に確認を取ったというわけではないが頷いてまた同じ方向へと走った

それは大いにあり得ることだった
尋常並々でない水柱が未だ連続的に立ち上がっているのが西通りの主人公の居る位置からでも簡単に確認できたが
もしや勇者の影は自分が水の噴射に叩きのめされていることにも気付いていないかもしれない



「ププッ…!それは流石にないか、馬鹿すぎる」



一人笑いを堪える忍び声が響いた



もう町を歩く人間は居なかったが
風を切る主人公の速すぎる後ろ姿を見送る猫は居た
白く滑らかな毛を貯えた大きな雌猫だった

もはや見えなくなった主人公の姿が
まだそこに存在しているかのように寂しい街道をじっと見つめている


やがて猫は丸く体を落ち着かせていた道端から立ち上がり
主人公の走っていった方向へのそのそと歩きだした
猫とは思えないほど堂々と道の真ん中を歩く様は
大型でない犬ならばついつい道を譲ってしまいそうなほど威圧がある

『彼女』もまた何かの真実を知る者の一人、ではなく一匹に他ならないというのがその雰囲気に少し関係しているらしいが
それに気付く人間は今のところ存在しなかった










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