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ケース1

影の住人




無表情な青い髪の青年、顔に大きな傷跡のある橙色の髪の青年二人に共通しているのは青白い肌を持っていることだろうか。



「クレ、とお呼びください」

「イクサだ」



彼らは一言ずつの言葉を発しそれから黙り込む。
クレは無表情のまま動じてはいない様子だが、イクサの方はというと無言に居心地の悪さを感じているらしく、口には出さないものの眉間に刻まれる皺がそれを顕著に表していた。

自らよりも少々年齢が下に見える青年を窺い見るも、やはりクレは無言そして無表情。
こちらから口を開かない限りこの息苦しい静寂は続くと悟ったイクサは、話しかけ難い空気を打ち破って声を上げた。



「あのよ!」

「……なんでしょう」

「あー……お前のとこの主ってどんな奴だ?」


主人公様ですか、と前置きをしたクレが、イクサが張り切ったばかりに生まれた大声を耳にした時少しばかりの不快感を表し数秒間視線を外したことに彼は気付かないでいることを幸いとして、クレは頭の中で徐々に言葉を組み立てていった。

今現在彼が仕える、金色が目を奪い尾を引く彼女を思い浮かべると、どうしてかこれだと当てはまる単語がみつからない。
クレは身体の前で両手を組んだ直立不動の姿勢を崩さないまま、目の前で顔を輝かせているように見えなくもない男を満足させるような答えになるかも不明なのだが脳内で生まれた説明文を読み上げるかのように淡々と述べる。



「主人公様は、素晴らしい方です。何と説明したらいいのか分かりませんが……そうですね、神がかっています。多少強引な面をお持ちですが…」

「ふーん……話を聞く限りすごそうな奴だけど、」



不自然に言葉を区切ったイクサをまた不自然に思い、クレは内心で首を傾けながら男の顔色を窺う。黄色の瞳に映ったのは、自分には決して真似できないであろう笑みを湛えた男。
或いは双子の弟なら出来ないこともなさそうだが、台詞の続きを待つクレにとってそれらはどうでもいいことだった。




「無口なお前がそこまで饒舌になるくらいだ、何か惹かれるものがあるんだろ?」




そう言われ、クレが普段何の感情をも反映させない双眸を見開いたのを、今度はイクサが見逃さなかった。

図星をつかれたのか先程までの態度に比べて少しばかり憮然としたそれが含まれるようになった青年の青い頭を、割と大きい手のひらがぐしゃぐしゃとかき回す。突然のことに反応が遅れたが、他者に頭を撫でられた経験が両手の指、もしくは片手で数えられる数に留まるクレが戸惑うのは当然のことだった。
横に並べば頭半分以上背の高かったイクサをクレは見上げる形になり、普段は気にならないはずの悔しさがどこからか生まれすぐに目を逸らし、薄い唇が僅かに動いた。



「だったらイクサ……さん、貴方はどうなのですか」

「あ、俺? 俺は仕えてるっつーより元から世話役みたいなもんだからな、いい兄貴ってやつ?」



最近まで名前もしらなかった兄貴なんざしょうもねーけどな、そう付け足しカラカラと笑うイクサを前にすると不思議と毒気を抜かれる気分になる。

クレは気付かれないよう短く嘆息して、一歩身を引き彼の手のひらから逃れた。影の住人特有の冷たい手だったが、初めて感じた光のような温かみを秘めていたとしても何ら不自然でもない。失礼にあたるかもしれないが、イクサという男に影の世界はいささか不似合いだとクレは感じた。



「なんかクレ、お前って弟みたいだな」

「……自分は誰かの弟でいたことはありません」

「知ってる知ってる、世話の焼ける弟が一人いるんだろ」

「エレのことですか」

「今度会わせてくれよ」


エレは影の世界に残っているので不可能だと告げるよりも先に、イクサは前触れも前置きもなく、突然互いの主が団欒している場に向かい走って行ってしまったので発しかけた声が届くことはなかった。遠くなっていく背中を眺め、自らも手持無沙汰になったので後を追うことにするクレ。


もし仮に兄がいたとしてもあんな騒がしい男だけは御免だと内心で思っていながら、歩調は不思議と徐々に足早になっていき、いつしか彼は走ってイクサの背に追いついていた。
振り返ってもう一度笑う顔に思わず目を細めたのは、きっとその夕日色が眩しくて光と見紛えてしまったからなのだと、クレは誰にも気付かれぬように自嘲した。かつてはどこまでも遠い存在であった光など、ここ最近は見慣れたものであるはずなのに未だ少量といえど恐れと憧憬を抱くなんて、恥ずべきことであるとしか頭の堅いクレは考えることができなかったからだ。

或いは彼の前を走る自称兄のような考え方を持てたなら違ったのかもしれないが、そうなると他の部分、クレにとっていろいろと大切な何かが盛大に欠落してしまうことになりそうなので遠慮しておきたいと彼は思った。
自分は今のままで、満足していると改めて実感する。それに気付けたのは誰のお陰だったのだろう?






「そういやお前ってザントに似てるな、本当に」

「……それは、当然のことです」

「ははっ、違いねーや」



少なくともイクサのお陰ではないと信じたい。



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