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「とにかくオラァ、ヨメさんと仲直りしてぇんだ」

「ふーん」

両名、ドサンコフ特製のスープをちびちび飲んでいる
ムジュラは文字通り、熱さのせいで少しずつ啜ることしかできず
ドサンコフは、その実ガバガバとスープを飲み下し、次々と器を空けてはおかわりを盛っているのだが、彼の巨大な体躯にはそれがあまりに小さくて相対的に
ちびちび飲んでいる
どことなく、数日前にトアル村で振る舞われたスープに似た味わいにムジュラの舌も満足して身体も暖まった頃、テーブル代わりに間に置いていたタルを叩き潰しそうになりながらドサンコフは身を乗り出す


「オメェ、何とか助けちゃくれんか!な!なあ!!なあっ!!」

「っ、ワ、カッたから近付くなぁア!!」

鼻息荒く詰め寄る顔面に何粒か唾も飛ばされて半ば強引に、ムジュラはひっくり返りそうになりながら了承した
ギシギシ煩く鳴る古い木椅子に、膝まで抱えるように丸まって再度座り直して溜め息を溢す
その吐息はホッ、と暖まったばかりだが、素足が未だ寒いと気付いてもぞもぞと擦り合わせた


「代わりにオメェの用事も手伝ってやろかぁ」

「え?」

「山を降りる道案内しちゃろうか?それともスノーピークの名所案内がええか?」

にぃぃ、と笑うドサンコフは全く裏の無い愉快な表情だった
わざわざスノーピークに遭難しに来たわけでもないだろう、ムジュラにも何かしらの用事があるのだろうと踏んで彼は提案したが、存外、話を振られたムジュラは呆けている

自分の望みを叶えてくれようなどと、久しく聞かない言葉にムジュラは混乱していたのだ

いつだってムジュラが望みを叶える側だったのに









――  お前は?
       この仮面の望みは?









「ぼ、っボクの欲じゃナイ、けど!…主人公が欲しがったンだ、ロース岩…ボク、ロース岩持って行かなきゃ」

「んだなぁ、きっと『雪の華』をプレゼントすりゃあ、ヨメさんも機嫌直してにぃっこり笑ってくれる」


あくまで自分が望んでいる事ではない、と強調して渋々用件を述べたが
そんな誤魔化しなど微塵も耳に入れずドサンコフがデレデレと破顔しながら仲直りの算段を立てている
ムジュラの手伝いをする気があるのか疑わしいものだ


「ユキノハナ?」

「青くて冷たくてな、そりゃあ綺麗な華でなあ、見てっといやぁな気分も無くなる」

「ナンで?そのハナ、願いを叶えるのか?」

「オメェも見りゃわかる」

言いながらドサンコフは厨房の奥、埃の被った棚の方に向かい、ツルハシや空き瓶など絡まった蜘蛛の巣を払うと彼には些か小さい(普通に十分大きい)リュックへポイポイ投げ入れていく

「雪の華は氷の洞窟にあんだが、最近は入口が凍って小さくなっちまったもんで、オラの代わりにいっちょ取ってきてもらいてぇ」


また、ガラクタ入れらしい大きい箱から、獣人の物とは到底思えない小さいサイズのコートが何着もポンポンと投げ寄越される
流石にムジュラの格好が寒いと分かってくれていたようで、ありがたく、コートを拾い上げてムジュラは物色を始めた

パキン、と乾いた音が目の前で鳴ったかと思ったら、ムジュラが手にしている白い毛皮のコートの袖から何かが落ちた

目で追い掛けて足元を見ると、…凍ったような何かが落ちている

ムジュラは今度こそ確実に背筋が凍る思いをした

今、白いコートを摘まんでいるムジュラの手、彼の装束の長い袖の下のいつもすっぽり隠れている手
その手から血の気を引いて霜をまぶしてカチンコチンに固まらせたら、きっと今コートの中から落ちた『何か』と同じになるはずだ
ムジュラは唇を噛みしめ目をギュッと瞑ってその『何か』を思いっきり蹴飛ばして流し台らしき溝に落とし踊らせた


「何かデタ!!!!ドサンこ!!!何かデタ!今ナンかデタ!!!!」

「ん?ああ、すまんすまん…きっと前の持ち主のもんだろ」


ドサンコフが体格に合わぬ上着を持っている理由だった
曰く、雪山で遭難し、凍ってしまった人々から拝借していたのだとか


「貰ってみたものの、なぁ?オラもヨメさんも着れねぇもんだから、オメェが貰っちまえばええ」


買い過ぎた野菜をご近所にお裾分けするようなノリでドサンコフはいかにも気前良くムジュラに促す


「……ボク帰りたくナッテきたヨ」
「ガッハッハ!!そう遠慮するなて!」


寒いし気持ち悪いし、おまけに唯一の話し相手は話が通じない
特に会話においてムジュラの方が振り回されっぱなしで、どうにも調子が出ないようだ


(ボクはムジュラナノに)


心で呟く
しかしそれはスン…と静かに頭に響いて終わる思考

何か、何かが静か過ぎる





「んじゃあ、行くか」
「ハヤク済ませてよね」


すっかり準備を済ませ、防寒も済ませ、氷雪に浸食され放題の屋敷のエントランスからそれぞれの足音をさせて出る
振り返り見たその建物の外観の立派さに、ムジュラは珍しく、へぇ、などと嘆息した



「何か忘れもんねぇか」
「忘れモン…?」


もちろん、いつでも身一つで生きてきたムジュラに忘れ物などあるわけがない
ドサンコフの方も冗談めかしてただの枕詞のようにそう言ったに過ぎない

それなのに何かを忘れている気がしてならなかった







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