クレがカカリコ村に到着したのは翌朝ことで
放っておけば主人公がカカリコ村に居ることを知らずあっという間にデスマウンテンを登りかねない彼を引き留めも兼ねて出迎えたのは主人公自身だった
「お帰り、早かったね」
クレは心なしかカクカクしたぎこちない動作で頭を下げる
主人公の出迎えはまるで彼の帰りを待っていたようにクレの目には映り
主を待たせてしまうなどという自身の失態を、今の重々しい心に不必要に上乗せして
今すぐにでも何処かジメッとした暗がりに正座して縮こまりたい心地になっていた
「……ただいま、帰りました」
普段から抑揚の無い声が一段と沈んで聞こえて、主人公は首をかしげて再度声をかける
どうしたのかと問う主人公の言葉に、誠意をもって素早く返すだけの気力もなく、クレは虚ろな視線を下の地面に落とし、数秒息を詰めていた
「あの里は……、自分の産まれた地と聞きました」
「あー」
余りに暗いクレの声音に、今まで浮かべていた微笑をひきつらせて、主人公はポリポリ頭を掻く
それはつまり、例の、光の世界の人間である、クレの母親が、あの里の者であったことを意味する
真の故郷を知れて良かったではないかと、喜んでやることができないのは
主人公が知っていたから
あの乾いた里にはそれに該当するような女が生きていないことを
それは紛れもない不幸の報せ
暗いシリアスな場面を不得意とする主人公はぽつぼつと言葉になり損なった声を漏らしていた
「何てゆーか……、その、、うん、気にしない、とか、無理かもしれない、けど……」
「…自分は、何故ここにいるのでしょうか」
「ふぇ……?あ…?」
「自分のせいで、母は亡くなりました」
この命は何のために作られたのでしょう
この男は急に何を言い出すのかと主人公は焦る
珍しくムジュラの居ない朝、気持ちよく早起きをしたために上向いた気分で誰かの出迎えなどと慣れないことをするんじゃなかったと後悔した
「ね、ねー…クレ、どーしたの?」
「…っ」
俯いた男の肩が微弱に震えたのに気付き主人公はハッとする
何を考えているのか分からないこの彼の心境を、双子の弟、エレに置き換えてみるとそれは明るみになる
いくら無表情と言えど何も感じないわけがないのだ
主人公はうっかりそれを忘れかけていた
彼もそうなのだ
きっと、家族というものを大切に思ってきたのだ、エレがそうだったように
何かの理由で母が死に、その代わりに自分が生きていることに底知れない罪悪と嫌悪と自責とが湧き、押し潰されそうなのだろう
何のことはない、人並みに混乱して哀しんでいる
そうと解れば主人公は顔をしかめた
ウジウジした男は彼女の気に障ったらしい
「屈んで」
クレはそれを聞き、反射的に顔を上げる
主人公が何とも真意の探りがたい、真面目な表情でそう言った
何故屈む必要があるのかと思えど、彼にとって自身の内の疑問など、彼女の言葉を前にして意味は無いのだ
クレは従い、頭を低くする
すると直ぐ様、ふわりと、温かさに包まれる感触がした
目の前が真っ暗に、頭が真っ白になり、クレは状況を理解するのにかなり時間を要した
「あの…」
「少なくとも、『その人』は恨んでなんかない…そんな気持ちで子供を生んだりしない」
ギュッ、と、首に回された腕が更に彼の頭を引き寄せる
子を持ったこともない筈の主人公は自棄に感慨深くそれを噛み締めながら選んで声にしていた
もしくは失われた記憶には刻まれているのかもしれない
「そして生きてるからには、誰かの役に立つ為とか、誰かに仕えるためとかちっぽけな理由じゃなく、何がなんでも生にしがみつかなきゃダメなの、これは親がどうこうとかは別問題でね」
抱き締める温もりは光のそれで
「だから、もっとしゃんとしなさい、クレツェア」
言葉は優しく、強く、何をも溶かすようだった
まるで亡いはずの母にそう言い込められた心地がして
クレの冷え固まった心が揺れ動いた
[*前] | [次#]