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カカリコ村の宿屋の屋上から星空に立ち昇る湯煙を、勇者の影は目前に浴びていた


「ふん…」

光るように揺らめく湯に些か警戒しながら、勇者の影はブーツのまま、湯槽に足を浸し始めた
湯は忽ち染み入り、彼の黒ブーツを重くする
熱がまとわりつくようなその感触が不快で、勇者の影は顔をしかめ、足を浸したまま縁の岩に腰掛けた

それを傍目から、訝しみ伺っているのはヴァルバジアだった

大きな口を開き大きな欠伸、そしてカリカリと首もとの拘束を気にして引っ掻いている

ゼルダと積もる話でもあったのか、主人公はヴァルバジアの首輪の鎖を勇者の影に押し付け、さっさと宿部屋に籠ってしまったのだ

こんなものの面倒を押し付けられて言いたい文句も多々あったが、この竜を逃せば天空への道が潰えてしまうのだから仕方無い
と、勇者の影は自身の剣の鞘に、以前のように鎖を巻き付けて繋ぎ止めておくことにした






「しかし…風呂というものは疲れを癒せると聞いたが…まったく気持ち悪いな」

勇者の影は生ぬるいため息を夜空に吐いた

ガノンとの死闘で負った傷、特に利き腕に遺された傷の治りが悪いらしい
いくらかでも痛みを和らげればと、時間も丁度よく持て余し、宿の温泉を借りてはみたのだが勇者の影の気分は晴れなかった

温泉の方も、よもやブーツ越しの足から彼を癒すなどという無茶を要求されるとはさぞ驚いたことだろう
ただ晒した素肌を浸す、そんな発想が降りてこない勇者の影の頭は、しばらくぼーっと微妙な不快さにあてられていた

そんな惨事を見かね、彼に声が掛かった




「おぬし、よっぽどのうつけじゃの」



「……は?…!?」



勇者の影は立ち上がり辺りをキョロキョロ見回した
知らない声だった
それが間近から聞こえたのだから驚きもする
温泉にはリラックス効果もあると言うが、何者かが近付いてきたことにも気付けないほど気が緩んでいたのかと、勇者の影は二重に驚いていた

誰だ、と大声をあげてみるも、それは虚しくカカリコの山間に響くばかり
ヴァルバジアは退屈そうにまた欠伸をしていた



「湯を浴びるには衣を脱ぐものぞ」

「…む、……そう、なのか」


勇者の影は諸々の疑問を置いておき、一先ずブーツを脱ぎ捨てた
すると直ぐ隣から、グルル、と上機嫌に喉を鳴らすのが聞こえた

見れば、笑っているかのように細められた、竜のライトグリーンの目と視線が合った



「貴様…」

「あぁ、だが全て脱いでくれるな、おのこの裸など目に入れとうないわ」

「喋れるのか…!?」


いかにも、と声高に返事をしたのは紛れもなくヴァルバジアである
グルグルと唸る、身体に重くのし掛かるような低い声が上機嫌に喉を震わせていたのだ


「驚いたか?」

「あぁ、驚いた…しかし貴様、さっきはよくもとぼけたように炎を吐いてくれたな」

「わしはおのこは嫌いじゃ、おなごのモチモチの柔らかい肌が大好きじゃ、ただそれだけよ」

「…邪竜ヴァルバジアが、聞いて呆れるな」

「邪竜、か…それも祖父上さまの遺した古い伝えじゃな、わしは全うにかの山を守っておるわ」


腰を下ろし、湯をすくって炎を浴びせられていた顔を洗いながら聞き流していた勇者の影だが
何か、自身の生きてきた長い歳月を遠回しに感じさせる話題に目を見張った


「…貴様、あのヴァルバジアの、孫…?」

「ふむ…祖父上を知る者か?おぬし、シーカーの語り部か、勇者の縁者か?」

「……質問しているのは俺だ」


ヴァルバジアは不満気に目を細めると、長く横たえ眠そうにしていた体勢を改め、ズイッ、と長い首を伸ばし勇者の影の目の前まで迫った



「いかにも、紅蓮の聖竜、その三代目、ヴァルバジアとはわしのことよ」

「三代目………、貴様大仰な喋り方はしているが、まだ若いだろ」


勇者の影が半目で竜を見据えると、ヴァルバジアはキョトンとし、目をぱちくりさせる
勇者の影の知る、かつて魔王の手下として時の勇者に対し、討ち滅ぼされた邪竜と、この目の前の紅竜とは随分と違うのだ

まず体が随分と小さい
人間と比べると大きいと言わざるを得ないが、それにしたってこの竜の祖父と比較すれば五分の一ほどに縮小されたサイズであるし
角や爪も、まだまだ立派とは言えない代物だ

図星を言い当ててしまったらしい
ヴァルバジアは目をひんむいて睨み、湯槽の縁岩に爪を突き立て、ワナワナと震え出した
次の瞬間には風に揺れるだけだった暗赤色の鬣が、赤々と燃え盛る炎に変わり火の粉を撒き散らし始め
極め付き、鼓膜を破ろうかと言うほどの咆哮を上げた

「っ、つ…!」


「わしを愚弄するか!?えぇ?炭になりたいか!!?」

「待て、これ以上黒くなるのは俺は御免だ!」

「これだからおのこは嫌いじゃ!!ひ弱いくせに、おなごを見下し、のうのうと生きおって!!」

「は、…?……貴様、雌だったのか?」


何を口走っても、もはや勇者の影はヴァルバジアの怒りを買うばかりであった

煩い魔獣の声やら騒音に叩き起こされた村の住人が、宿の屋上から物凄い勢いで昇る蒸気を目撃したのは言うまでもない





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