「お帰り勇者の影!あれ、ゼルダ久しぶり!」
「貴様、他に言うことはないのか」
すっかり夜も更けた頃、カカリコ村に到着した勇者の影、そしてゼルダ
一晩をこの村で明かし、それからデスマウンテンへ、主人公の元へ向かう予定だったわけだか
晴れやかな笑顔で二人を出迎えたのは当の主人公と、そしてこの馬鹿げた遣いの原因たる邪竜
長くうねる体を波形に置いて主人公のすぐ隣、目線を合わせるように屈み随分となついているのか、勇者の影が睨むと睨み返してきた
『ガッファ』
――ゴォォォ
「…………」
ヴァルバジアは鼻息のようなゲップのような吐息と共に、勇者の影に向けて火炎を吹き出し、加えて何も悪気の無い表情をして首を傾げた
「ヴァルバジアくん捕まえたのよ」
「貴様っ、俺がどんな思いで城下町…―
「で?どーしてゼルダが此処に?」
焼け焦げて煙を上げながら不機嫌に徹していた勇者の影は、焦りのため一瞬にして動きを止めた
埃っぽいばかりの村の入り口に、似つかわしくない高貴なその姿は、真上の星空から光がこぼれ落ちてしまったかのように眩しい
王女ゼルダは、主人公への返答に困ったように眉尻を下げて微笑した
「まさか、美人連れてこいとは言ったけど…まさか勇者の影」
主人公はにんまりと笑いながらも、キリキリと口隅をひきつらせて笑っていない笑顔を浮かべた
ガールハント、美人を連れてこいとは結局ヴァルバジアのためである
ヴァルバジアが美人に目が無いだのという、掠める程度に聞いた信憑性の低い噂にすがってのこと
要はヴァルバジアを誘き寄せる用に、悪く言えば、餌のために美人は連れてこられるべきだったのだが
それが良き知人でもあり一国の主ともなれば話は別である
どこまで馬鹿な伝説を作れば気がすむのかと、主人公がコキコキ拳を鳴らしていれば
ゼルダが諭すように答えた
「私が無理を言って連れてきていただいたのです」
優しい声音は不穏な空気を一瞬に払い去り
主人公は毒気を抜かれたように、勇者の影は意味をすぐに理解できずにポカンとしてゼルダに注目した
「明日にはハイラル城に送るからね」
村宿の一室、こじんまりした二人部屋の簡素なベッドに、ゼルダが腰かけるのは何とも奇異だと知りながら
表情には微塵も出さず、主人公は何気なく言う
何故こうも目立つドレスのままやって来たのかと問えば、時間が無かっただのと曖昧な言い訳が勇者の影とゼルダの間に飛び交った
勇者の影の暴挙をゼルダがかばっているのは見え見えながら、ゼルダの顔をたて、主人公は黙っていた
「本当に主人公には、何もかもお見通しなのですね」
ゼルダが寂しげに、クスクスと声を転がす
夜風に晒すよう開け放った窓の桟に座り、ゼルダを見下ろす主人公は
そんな微笑には釣られずに、珍しく真面目な表情であった
「だって、城を抜け出したことも、国のことも、一番気にしてんのはゼルダでしょ…そんな気掛かり残したまま、私たちと一緒に来てどうなんのよ」
「…すみません」
勇者の影に連れ来られたこともただ口実
大きな不安に駆られ、 軽率に行動を起こした
あわよくば彼らの旅に同行しようとも、思いが走っていた
それらを見透かされたのを認め、諦めるようにゼルダは頭を下げる
それでも、主人公の厳しい視線は途切れなかった
「ゼルダはこの国の希望なんだから、どんなときでもどっしり構えてなきゃ ―ぶぁっ!!」
主人公の言葉を不躾に遮ったのは、顔面に飛んできた宿の固い枕
危うく背中から外に落ちそうになりながら体勢を立て直せば、次に飛び込んできたのはゼルダ自身だった
「ちょ、あぶなっ!!」
「分かってます、私だって…分かっています!」
「ゼルダ!おち、落ち着いて!」
ゼルダは悲鳴のような声を上げ、主人公の膝元にすがるように伏してしまう
声にはすっかり余裕などない、涙声だった
「私の在るべき場所も、振る舞いも、分かっています…でも、でも、世界が消えるって、神々が、そうするって」
「ゼルダ…」
「私には、どうしたら、いいか、わからなくて…!…主人公、恐いんです、わたくし、…主人公っ!」
言葉を紡げなくなり、とうとうゼルダは泣き出してしまった
丁寧な口調も剥がれ、塞ぎ込む様は、ただのか弱い一人の娘のそれだった
冷静で凛とした王女はそこにはいない
ゼルダは時折裏返りつっかえる声でもって、ノンゼという少女の言っていたことを、そして自身の不安を伝える
主人公は柔らかいブロンドの髪を撫でてやりながら、うん、うん、と丁寧に頷いてやっていた
「この世界は、終わらせないから…絶対」
泣き腫らした目が眠気を錯覚させ、いくらかゼルダの気分が落ち着いたころ
主人公は一語一語を強く声にしてそう聞かせた
「誰も死なせないで、リンクも見つけて戻って来るから」
「…主人公?」
どうも、主人公には似合わない台詞だと、ゼルダも、主人公自身も感じていた
ただゼルダへの励ましや、その場かぎりの出任せなんかではないと、主人公は自身の胸の奥、仄かに熱い想いを覚えながら笑った
「約束ね」
「約束……」
「私は神の奴らをギャフンと言わせるから、ゼルダは、世界が消える可能性なんて考えないで、何でもない、いつものハイラルの景色を守ってて」
「はい、…約束です」
儀礼的に、二人は小指を絡ませた
誓いは不安を払った笑顔に立てる
そして二人の笑顔が再び会うときに約束が果たされる、それを願って、各々床につく
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