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日がすっかり落ちて城下町は夜を迎えた

勇者の影は未だ噴水の縁に座り一人待ち惚けていた
ちらほら歩き通り過ぎていた人々の影も少なくなり
広場の前は寂しい空気が漂う

しかし勇者の影には居心地の良い暗闇だった
何しろ彼が生まれたのは暗闇の中
そして彼自身が『影』という存在なのだから






「早く会わせてくれ…俺の半身」



自嘲気味に笑いながら水面に自分の顔を映した
彼の容姿は色彩を別にすればリンクに瓜二つだった
誰もが見間違うのも無理はない
彼の姿は人々の『記憶』の結晶と言ってもいいのものなのだ

勇者の影は正面に向き直り町の空気を吸った
森の木々の匂いがしないとかそんな田舎者のような感想は述べない
彼が吸いたかったのは彼の食糧となり得るものの香り


「やはりもうこの町の『記憶』は食べ尽くしたか」


少し溜め息をして夜空を見上げた
彼の期待する香りは得られなかったらしい
何故かと言えば、勇者の影が以前にこの町に来て
その時に完食してしまったからだ

自分のしたことでは何も文句は言えないが
やはり少し残念に思う




(あの女のせいで余計に腹も減る)



夜空の星達の上に主人公の姿を浮かばせた

勇者の記憶を持たないためか
彼をリンクと間違えなかったただ一人の人間
そして彼に名前を与えた変り者


自分が名前というものを持つことになるとは思っていなかった為に
名前を呼ばれるとどこか落ち着かないことになってしまう


勇者の影は再び水面を覗き込んだ
そこにはやはりリンクの顔をした自分がこちらを覗いていた











《…随分と惨めな姿だな…》




背後からの小馬鹿にしたような声を聞き勇者の影は振り返った

確かに水面に映る自分と覗き合っていた等という行動は自慢できることでもないし
寧ろ怪しいと言うに相応しいくらいだが
「惨めな姿」とまで言われる筋合いは無い




「何処が惨めだと言うのだ」


勇者の影が立ち上がると首から垂れる鎖が僅かに音をたてた


先程の声の主は青い長髪の女だった
首から下までを紺色の長いローブで隠し足元まで見えない
そして勇者の影と負けず劣らずな青白い肌

その女と面識は無かったが
何か自分と馴染み深い雰囲気を持っていると勇者の影は感じた




《その身体…寄せ集めの紛い物の姿……見るに忍びない惨めさよ》



「何だと…?」



自分のことについて何かを知っているような口振りに
勇者の影が目を細めて声を強めると

その女は冷笑し
右手で宙に弧を描いた


それを合図に背後の噴水の勢いが異常に強くなり
大きな水柱が何本も立ち上がった




「これは……!?」



続け様に女が手を動かすと
それにつられて三本の水柱が触手のような動きで勇者の影を突き刺さそうと向かってきた
勇者の影は後ろに飛び退いて避けたが
たった今立っていた石畳が派手な音を立ててクレーターを作るのを見てただ事ではないと気付いた







《己の立場を今一度知るがいい…っ》










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