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「それは…いったいどういう意味なのでしょうか」



女のか細い声はいつも、今でも凛として揺らぎない
聞き返された少女が怯んでしまう程



「あんたは意味が分かっている筈さ、ゼルダ…あたしが言ってるのは比喩なんかじゃないよ」



王女の私室にあって、暗さは素直に闇夜に従ったもの
中に浮かぶ、部屋の主の青白い輪郭を正面から見据え、少女は汗を滲ませながら、今一度、自分の意見を強くこの空気に確立させていく

窓から射し入る、赤の光
遠方に認める、西の夕空と、それに焦がされた黒雲
この世の終わりがいよいよ迫ってきた様である、と少女は心をざわめかせているのに
ハイラルの王女は何も動じないでいるかのよう
それがまたこの賑やかな来訪者の声を大きくさせる




「だから、あんた今こんな所に悠長に構えてる暇ないんだよ!」


「…いいえ、私の在るべきは、やはり『此処』であると思います」



対してゼルダは、物静かで、ともすれば外の風の音にさえも掻き消されるべき弱い声だった
だが芯が通った、自棄に正しいと、そうであると頷いてしまいたくなるような響きに、ぐっ、と女の声は詰まる





「あんた、死んじゃうんだよ?それでもいいってのかい」


「それが、神々の御意思なら…」


「神が何だっていうのさ!!人間は弄ばれてるだけだ、頼むよゼルダ…あんただけでも!」


「ノンゼ…」


ゼルダが少女の目を見つめ、諭す声を送る
ノンゼ、そう呼ばれた少女は、目を潤ませて唇を噛んだ




「私だけが生き延びては、意味がないのです…私はこの地と、そこに生ける命と共に在っていなくては…」


「だから、もうそんな使命とか言ってる時じゃ…」


「…そう、……ただ私がそうありたいと願っているだけかもしれません」



ゼルダは、冷え固まったような顔に、仄かに明るい微笑を見せた
この地を、ハイラルを、愛してしまっている
呆れた王女の物言いに、ノンゼは脱力と溜息




「この世界が消されるって、そんな時に、…馬鹿な人間だ、あんたって…」


「そうかもしれません」


「…仕方ない、か…あたしは精々、小さな可能性に掛けてみるよ」


「小さくなど…主人公は、きっと答を見出します」


「だといいんだけどさ」




あまりに強い意志のこもった、ゼルダの青い瞳を、明かりも無い部屋の中に見つけて、ノンゼは居たたまれなくなる
強く他を、信頼できている、その不可視の力の圧力は、少女には無い強さだった

ノンゼは舞い踊るように、体躯を回し、少しの風を巻き起こして姿を消した
彼女が居なくなった、広い部屋の真ん中を、未だ見据えて、ゼルダは暫くその風に耽る


その後、全身の力が抜けてしまったように、脱力し、ベッドの端に腰を落としてしまう
ついでに溜息も零して
過ぎるのはどうしても拭えない、不安と、絶望と、悲しみ、負の感情ばかり
恐ろしくない訳が無いのだ






  女神たちが決めた



ノンゼが言っていたのだ
目を塞ぎ、耳を覆いたくなるような
嘘とも真とも、判別できない話



  全てを無に帰すって



何故
このような事が許されようか

誰が、神の怒りに触れてしまった
誰が、それを決断させた

何も分からない、確かめようが無い
神のみぞ知ること







  この世界を神は見限ったんだよ







このような事が許されようか

自分の意思ではなく、望んだ形でなく
死ぬのではなく、何も残させず
抗い様の無い、絶対なる力によって

全てが消されてしまうなどと






「どうか…」



半ばまで出た言葉を、ゼルダは飲み込んだ
誰に請うが正しいのか
神に、そうするならば、何と滑稽なことか

己を害そうとする者に、請うなどと、その姿の、何と悲しいことか
否、それがこれまで天を仰いでいた意味の真であったのかもしれない


寝衣でないまま、寝台に伏して、ゼルダは途方も無い虚無に身を投げ出す夢に誘われようとしていた


それを遮る音が、窓を裂く









―― ガ シ ャン !!!












「―…あ、貴方は」









身を起き上がらせて、一瞬にして惨事となった、テラスと繋がる窓辺に目を走らせれば
宵闇にも負けぬ輝きの、剣を片手に、見知った男が侵入していた
大きなガラス戸を破壊して、散る破片をパキパキと踏み鳴らして、不躾に来訪したのは勇者の影だった







「ゼルダ、早速で悪いがデスマウンテンまで一緒に来てもらうぞ」




「え…、あの」





侵入に使ったマスターソードを背に戻して、勇者の影は寝台の前まで遠慮無くやってきたかと思えば
手を差し出してそう言うのだ
よっぽど図太い神経の持ち主でなければ、それに対してまともな返答ができる筈も無い

やっと冷静になって状況を理解してみるが、傍に主人公の姿が見当たらない
この状況で見知らぬ侵入者ならば駆けつけた兵が取り押さえるだけとなるだろうが
勇者の影の存在はなんとも微妙な位置づけであった
主人公が一緒ならば、その信頼性は増すものの、勇者の影だけならば、何があるかは判断できかねた
ある種の魔物であるとゼルダは彼を認識していたから



「早くしろ、今の音で兵士が来てしまう」


一応兵士に追われると厄介であるということは学習していたらしい
それなのにこんな派手に侵入するあたり、まだまだ利口とは言いがたいが
そしてそのタイミングで、部屋の扉が大きく叩かれる
大きく慌てた男の声で、王女の無事を伺ってくるそれと、ガチャガチャと鎧の動く騒がしさが、すぐそこに迫っていた



差し迫った時間は、最も決断を促す
ゼルダは先ほどまで、勇者の影の手の中にあった、聖剣の柄を、彼の肩越しに見つけて目を見張る



「勇者の影…貴方は、その剣を」


「?…何だ」


「扱えるのですね…」



それがどうした、と勇者の影は首を傾げる

ゼルダは一度瞼を伏せ、誰に向けるでもなく頷いた
剣が勇者の影を認めたならば、とゼルダは思い決める


彼が、神に選ばれたから、それはそんな意味ではない

彼を信用し力を貸し与えているのは、きっと、リンクの意志
ゼルダはそれを信ずる、それならば何よりも、信じられたから



ゼルダは静かに立ち上がり、勇者の影の手に自身の手を載せた






「いいのか…?今更だが」


「何を、です?」


「何の断りも無く、王女が、城を出て…」



本当に、今更何を言うのか、と言いたくなるようなことを
勇者の影は至極罰が悪そうに、煩い扉に目を向けて呟く
それをゼルダはクスクスと笑い拭い去った



「昔は、よくあった光景ですから」


「そんなに拐われていたのか、貴様は」


「いえ、城を抜け出しては、彼らを困らせていました」


「……」


小さい笑い声は、苦笑に変わった
少なくとも、ゼルダも悪いとは思っているらしい
それでも、今は何か行動を起こしていたかったのかもしれない
信頼し、託すだけでは、耐え難いのだから、いっそ渦中に身を投げ、この目に焼き付けなければ、と







「今少し、私はゼルダで在りたいです」





王女という衣を脱ぎ置きたいのか、根本の存在をせめて少しでも永く生かしたかったのか
どちらの意味も勇者の影には伝わらず
ただ彼はそうかと頷いて王女を連れ出した








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