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城下町に着いたのはまだ日が高い時刻の頃
当然賑わうばかりの街の通りを
勇者の影は民家の屋根の上に胡座をかいて見下ろす

地面からかなりの高さがあり、行き交う人の一人一人は小さくなり、ただの無意な流れにも思えるが、勇者の影の目は確りと人々の顔を捉え、探していた、目的となる人物を





「しかし美人など…いないぞ」



猫背ぎみに見ていても、勇者の影の思う「美人」に値する女は見当たらなかった

はかどらない任務に、時間だけが過ぎて苛立ちだけが残るので、勇者の影は痺れを切らし、屋根から飛び降りる
路地裏の狭い壁間を二、三蹴り着地すると、何食わぬ顔で広い通りに戻って行く

こうなったら適当に見繕って主人公を言いくるめてしまえばいい
そう決め込んだ勇者の影は、丁度前から歩いてくる一人の女に狙いを定めて、擦れ違う直前、手首を掴み人波の流れから連れ出す

噴水広場の方まで来て立ち止まれば、当然のごとく女から平手を浴びせられて勇者の影はポカンとした



「何よあんた」


「……いいから黙って着いて来い」


「馬鹿?今時ウケないよそういうの」


再び頬を打たれて呆気に取られる黒い不審者を他所に、若い女はスタスタと去っていった


「……これはもしかすると」


勇者の影は佇みながら、深刻な事態に気付き始める







「な、何よぅっ、誘拐!?」

「ごめんなさい、お店離れられないから」

「ウチ門限が厳しくてぇー」

「顔はいいんだけどね、その格好は、ちょっと…」

「あ、間に合ってます〜」

「急いでんのよ、触らないで!」

「しらないひとについていっちゃだめなんだもん」

「ゴキさんゴキさん…アゲハは貴方とは仲良くなれないんです」

「無理」












「もしか、すると…」



勇者の影は色々な自信と気力を使い果たして、噴水の前に、崩れるように座り込んだ
奇跡の連敗、都会の女達からの容赦ない拒絶の言葉に、何かが崩壊する音を聞いた気がしたのだ



「美人以前に、山まで連れていける女が…いない?」


勇者の影はぼんやりとしながら空を見上げる
すっかり暗くなり始めた色が頭上に染みていた

あるいは勇者の影が世辞の一つでも言うことが出来たなら、女を説得できたのかもしれない
だが勇者の影のそういった弱点を差し引いても、現在のデスマウンテンの不穏さはこの街になら一早く伝わっているだろうから、誰も行きたがらないのだ




「もう無理だ…大体、俺にこんなことを任せるのが間違い…」



特にこの街に知り合いが居るわけでもなし、それなりの人数には声を掛けて回った
これ以上、勇者の影には為す術なく、責任転嫁に走る
その折、視界の端に、最後の陽光を屋根の先に受けて光る、ハイラル城が見えた
暫く思考が止まり、勇者の影はぼーっとその尖り屋根を見上げた
やがてポロリと口から溢れた自身の言葉に、彼は驚くことになる





「ゼルダ………ゼルダ!?」



勇者の影はつい飛び出した自分の大きな声に、急かされるように立ち上がる

知り合い、と言っていいような相手か怪しいところだが、まともに話を聞いてくれそうな女が他に思い付かなかった勇者の影は
夜になりそうなこの時間帯や、それ以前に容易く顔を合わせることも難しい王女という身分のことも歯牙にかけずさっさと走り出してしまった









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