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皆が寝静まった時間に、徐に主人公の頭が叩かれる
鬱陶しさに眠い目を抉じ開けた彼女は、野宿をしているという状況を理解するより前に、手を取られ立たされた

何事かと思えど引く手はズンズンと先の闇夜へ歩き、焚き火の照る場所から離れていく
主人公はぼんやり覚束ない足取りで歩かされていたが、これはもしかしたら堂々と誘拐されているのかもしれない、と気付き慌てて手を振り払った

それに驚き振り返ったのは見知った青髪の男で
次の瞬間不機嫌そうに主人公を睨む表情から、彼がエレなのだと分かった



「あんた騎士の癖に誘拐って、何処まで落ちぶれたら気が済むの!!?」


「誰がテメェなんざ誘拐するか!つーか声がでけぇ!!」



互いに声の大きさにハッとして慌てて二人は人差し指を自身の口の前に立てて顔を見合わせる

ヒソヒソと声を潜ませながら、二言、三言で言い合いを済ませる
夜空の明るさが分かるほどの野営地点から離れた平原の片隅で、座り込み、何用なのかと主人公が問えば、エレは頭を掻いて神妙な声音に切り換えた




「クレの奴、どうだ」


「どう、って…いつも無表情だけど」



エレは頭を更にガシガシ掻いて小さくない溜め息をした
どうやらこんな夜更けに彼女一人を呼び出してまで話をしたかった心配事は、彼の兄のことらしい
主人公は別段構えることなく彼の言葉に耳を傾ける
クレは十分よくやってくれていると主人公は思う
だからエレが心配するようなことは無いと考えたのだ



「あいつ、何でもねぇような顔して溜め込むんだぜ」


「ムッツリなの」


「ああムッツリだ…クレは光が好きじゃねぇから、きっとこっちに居るだけでかなりストレスになってるぜ」


そんなことが何故分かるのか、と半ばまで出かかった言葉を主人公は飲み込んだ
自分には解り得ない強い繋がりが双子の間にはあるのだろう
それにしても気にかかるのは覚えがないクレの性質だった



「光が好きじゃない?」



影の民に光を、光の世界を好いている者がいるのかと言えば、それは少数なのだろうが
エレの口振りから言ってその度合いが顕著なのだろう、と主人公は判断する

問い返されたエレは、一層重々しい、低い声で答えた



「ザントが狂ったのが光のせいだと思ってんだ…あいつは」


「なるほど…君も最近、光絡みで反乱起こしたし?」


「黙れボケ!」



痛い所を突かれてエレは小さいながら声を荒げる
だが頭を叩きに飛んできた拳をフラッと避ける主人公に
すっかり怒気が削がれる






「クレが感情を表に出さねぇのも、そんなのを目の当たりにしてきたからだ」


「……」




欲望にまみれ力を求めてしまったザントの浅はかさを見たクレは、それを愚かと位置付け
そして自身の欲望を押し込むことを選択したという
そうして表情乏しい理性の塊のような彼が出来上がった

何か思ったよりも深刻な話を聞かされてしまい、主人公は、勇者の影も顔負けなくらい眉間にシワを寄せて黙り込んだ
それを見兼ねたエレは軽い口調に戻して言い足した



「ただ、しばらく見ねぇ内に、少しは無表情も崩れたみてぇだからな」


「え、そう?全然…分かんないよ?」



「俺は分かるんだよ、…だからな、クレを頼むぜ、主人公」





素直な物言いについつい、へぇ、と主人公の感嘆が漏れる
心暖まるような言葉を、こんな男から聞くのは少なからず予想外だったのだ



「やっぱり大事なんだ、ね」


「……たった一人の家族だからな」



拗ねた子のように口を尖らせてエレはそっぽを向いた

たった一人の家族
その彼の心を解きほぐす役目が自分なんかで良いのかと主人公はふと苦心する
本来ならば弟の彼自身がそれをしてやりたいのではないか、と
そんな旨を伝えれば、この表情忙しい男は鼻で笑って返すのだ



「俺がクレを慰める?気持ち悪ぃだろうが」


「プッ、確かに!」



幸せであって欲しい
だけど笑わせてやるのは必ずしも自分でなくていい
そして少し喜びを分かち合えれば尚いい

それが家族なのだとか、晴れやかに謳う男の言葉を、主人公は納得し、自身の記憶に確と連ねる

影の世界に在って濃紺に陰っていた青髪は
晴れ空の下に自棄に映えて眩しくすらある







そうして翌朝から、よく目立つ火山を目指し、順当に平原を渡る
不本意に戦力も増幅したために蔓延る魔物もものともせず、夜を迎える前に、火山の梺、カカリコ村の入り口に彼らはたどり着いた

黄昏の訪れと共に、また平原上の勇者の影の影に道が出来て
エレとドリューは驚くほどあっさりと別れを告げて帰ってしまった
文字通り嵐の如く過ぎ去った二人に、主人公は少しだけ寂しさがあった


だがクレの方を見てもやはり無表情
彼も思うところがあるのかもしれないのだが
他人の心情を悟ってやることが無意味とも面倒とも思ってきた主人公は
詰まる所、相手の何かを汲み取ってやるのが苦手で

果たしてエレに託されたことをどうにか出来るのか、早くも挫けそうなのであった









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