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ハイラル平原の広大さは身に染みて知っていた筈だったが
久しく平原越えをしていなかった主人公は改めてそれを痛感し、馬車でも出して貰えばよかったと激しく後悔する

昼前に平原を渡り始めた一行だが、言わずもがな主人公の歩みに合わせて動くのではあっさりと日が傾くのを許してしまう





「もしかして今日…野宿!!?」



平原をオルディン地方に向かう中程の地点
黄昏時が刻々と色彩を支配し始めてやっと主人公がその事実を受け入れて悲痛に言った


「はい、そのようです」


「ボク野宿イヤだケド」


「私だって嫌だってば!」


「文句を言うなら少しは体力をつけたらどうだ」



主人公が勇者の影の脹ら脛を蹴りつけ、一騒動起こしながら、一先ず丘に立つ痩せ木を目指して行く

三人が騒ぎながら歩くのを、三歩ほど下がってクレは眺める
主人公の不満と疲れを映す顔を見ると、それを解消してやれない自身が遠回しに否定されるのを彼は感じていた
トアル村で彼女に叱られた理由も未だ解消されないでいるまま
恐らく野宿でも食事の支度にも期待されない

完璧は求められてはいない、勇者の影に言われたことはしっかりと覚えていたが
やはりそれをしなければ、自身が何のために主人公に仕えているのかが見失われてしまう
そうクレは胸を沸かせていた












「辛気くせぇ面しやがってボケが!!」




「!?」





真っ先にそれに気づくのは勇者の影
自身の背後からの、聞き覚えのある声に振り向けば、しかし瞬時に移動する影しか捕らえられない


「っ、主人公!」


「ぎゃっ―!!」


遅れた反応で異変に気付いた主人公が振り返れば、真っ先に襲い来る刃が西日に照らされて目に入り、咄嗟に頭を庇う
だが間に滑り込んだクレがそれを迎え、金属同士の高音が鳴った



「はっ、いい反応だぜクレ」


「!、何故貴方が此処に」

クレの問いに答えず、男は双刀に込めた体重を退かせ後ろに跳ぶ
紛れもなくその彼は影の世界で見た顔


「エレ…」


「俺の名を忘れてないとは感心だな、クレ」


クレの双子の弟、エレがニヤリと口を広げると、再び前に踏み出しあっという間にクレとの間合いを詰める




「な、何なのあいつ…」


「エレだネ、アレ、シシシ」


再び始まった斬り合いを端から見て主人公が溜め息がてら言う
ムジュラは答えにもならないことを一応答えながら主人公に寄り添った

激しい剣劇は、相手を殺しかねないような気迫が漏れ出ていて四刀が惜しみなく振るわれている
決定打を繰り出す瞬間には両者動きがピタリと揃ってしまうようなことがあり
中々決着がつかないながら
主人公もムジュラも拍手と嘆声をして呑気に観戦していた







「……まさかとは思うが…」



勇者の影は一人、少し焦りを混じらせて呟き、空の黄昏色を見
そして自身の足から伸び、黄金色の平原に長く貼り付く影に視線を落とした
彼がじっと見つめるそれは、草色を暗く染めているのではなく、漆黒に切り取られたように横たわっている

一瞬だけそこが波打つのが見えて、勇者の影は汗を垂らした







「あぁ!!」


「ウワ、負けちゃッタの」


「クレの方、よね?あれ、負けたの…」



主人公が声を上げて勝敗の結果に驚く
一方の男が地に切り伏せられ、切っ先を喉元に置かれている
だがどちらも似た顔ゆえに、主人公は混乱し、ムジュラはケラケラ笑いながら彼女の問いに頷いた




「テメェ、随分と弱くなりやがったなぁ」


「……何故エレが此処に居るのですか」


「あぁ?何だ?不測の事態で動揺したとか抜かすんじゃねぇだろーな!」



エレは苛立ち吐き捨てるように言うと剣をしまい込む
こんな決着には納得ができていないのか、クレの手応えの無さに心底呆れていた
身内とは言え敵と判断すれば容赦しないはずなのだ、とエレは彼を認識している
真っ先に主人公を狙った敵なのだから、全力で消しにかかるべき、それが主人公と、ミドナに対してのクレの誠意である、のに、この始末





「すっかり光に毒されて、死にかけかテメェは!?」


「…何故、ここに居るのかと訊いています」



クレも漸く身を起き上がらせ、飛んでいった自分の武器を手元に戻す
性懲りもなく話を反らそうとする兄に、エレは苛立ちを大きくした




「テメェの情けねぇ面拝みに来てやったんだよ、ボケ」



「……それだけですか」




「ハッ、文句あんの
ブげふっ――!!




ワォ、とまた外野からの歓声があった
台詞を言い切る前にエレの顔をクレの拳が横から殴り
激しく地面に叩きつけられた彼は意味が分からず、星が飛び散る視界で目を回した




「そんなことの為に此処へ来たのかエレ」


「お、、ぉい……ク、レ?」


「己の職務を放棄して、犯した罪への償いも忘れてか」


「ま、待て…クレ、落ち着け、八つ当たりはよくないぞ、って、親父も言って…―」


「ふざけるな殺すぞ」





情けの無い暴力の音と情けない悲鳴が平原に谺した
主人公は視線を反らしてそんな痛々しい効果音を聞きながら、ヒソヒソとムジュラの耳に声を寄せた


「クレって、あんな激しい性格だったっけ?」


「知らナイの主人公だけだヨ」


「マジでか!」


「までもそのギャプが好きな女も少なくないですけどね」


「マジでか!……―ってあんた!ドリュー!?」


「うす、こんばんはござます」



わざとらしくダラけた敬礼をする蒼白肌の女がすぐ側に居るのに気付き主人公はギョッとして足を退く
ムジュラは順応速くドリューに敬礼を返しニヤニヤしている
一体何処から現れたのか、と主人公が辺りを探ると
一人はぐれていた勇者の影が来て答えた




「俺の影からだ」



「ま、……また!?」




妙な六人が平原に顔を揃え
黄昏が終わっていった








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