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「よし、出発するよ!」



明朝、男達の寝床小屋に一人で、何の遠慮もなく進み入った主人公が
奥の三人のベッドの前までやって来て、ポカンとする彼らの様子を見るなりそう声高に告げた

前日に何も聞かされていない、急過ぎではないか、と勇者の影が異論を唱えようとする間は、勿論の事、与えられない

ムジュラは待ってましたとばかりにベッドから跳ね上がり
クレは今の一瞬でベッドメイキングまで済ませて今すぐ旅立てると言うかのように一礼

呆れ返る勇者の影に、二人を引き連れて出ていく主人公は笑顔で振り返り促した



「…何故、あの女は普通にしていられるんだ」



前夜に、主人公によって振り払われた自身の手を見やり、勇者の影は肩を落とす
実際にその晩は満足に寝付けなくて、目の下に立派な隈を作ってしまったのだ
それなのに当の本人はああしてケロッとしている、とは
明日からどう彼女と接していけばいいのかと、数々シミュレーションしていた勇者の影が報われない





小屋の外に出れば、未だ焦げ臭く香る村の真ん中辺り
わらわらと村人が見送るために集まり始めている

主人公はイリアと、村長のボウと最後の会話を交わしていた、その側にはクレが立っている
ムジュラは子供たちに絡まれまとわりつかれているのを追い払っていた


そこに入り損ねた疎外感を抱きながら、勇者の影は人の塊の方へ近付く
イリアが主人公に抱き着き、別れを惜しむのが見えた
主人公も、同じようにそれに答えていた
勇者の影の胸はザワザワと騒ぎ、醜い感情に支配されそうになったので顔を背ける
村人の賑やかな別れの挨拶も他人事のように、耳から流れた






「勇者の影さん」



急に間近で声が響き、呼ばれた方に顔を戻せば、イリアが目の前に立っていた
勇者の影は勝手に表情がしかめられるのを感じた




「何だ」



「主人公のこと、しっかり守ってあげてね」



「貴様に言われなくても…―」



「もう泣かせちゃ駄目よ、絶対に」



イリアと主人公がこの短期間に、どんな仲を築き上げてきたのかなど勇者の影は知り得ない
しかし彼を見上げる彼女の目は言っていた
泣かせたら赦さない、と

妙な女の絆を垣間見て、勇者の影は喉を鳴らし、反論できなくなっていた





「ああ、…絶対に」




重く、深く、決意を言葉にすれば
イリアは満足気に目を細めて笑った

そうこうしている間に、主人公から声がかかる
もはや村の出入り口の坂を登りきったところに三人が待っていて
勇者の影は駆け足でそれを追い掛けた


森のざわめきの小さいとき
村人の送り声と、ほんの微かな笛の重奏が聴こえた
この地の命が生き続ける証だった



















「ソレで、次は何処イクの?」



森から抜け出て平原へと差し掛かったところで、ムジュラの言葉に主人公は立ち止まり自慢気に振り返った



「まー、普通ならハイラル城に行って、またゼルダに相談するところだけど…」


主人公は東の空にドーンと人差し指を向けた
クレもムジュラも、遅れて勇者の影も、その先を視線で追う
東にそびえる赤い山、その頂に近い空には黒煙が沸き立ち、まだ朝にも関わらず赤く染まっている





「ハイラルで最も天に近い場所、デスマウンテンに行くよ!」



主人公が言い放ったタイミングで、平原に小さくない地震が襲った
よろめく主人公に気付いた勇者の影だったが、彼女を支えたのはクレの方






「な、何…何地震!?」


「火山活動が活発になっているようです…」


「アの山、血ダシテるよ」


勇者の影はムジュラに突っ込む気力もなく、死の山の頭をじっと眺める
確かに噴き出す火は大地の血潮にも見えた



「一応聞くが、何故デスマウンテンに行くんだ」


「普通じゃないところに勇者あり!前はデスマウンテンは活発じゃなかったし、行くっきゃないっしょ!」


「ナンか主人公楽しそウ?」



どうせ勇者の影が理由を聞いても、それに反対しても、主人公の行動を阻止することは出来ないのだと分かっていた
だが主人公は普段より嬉々として答え
未だ少し揺れる平原を、浮き足立つ歩みで進み始めた




「だってデスマウンテンと言えばゴロン名物天然温泉よ!」


「温泉…だと」


「オンセン…」


「温泉…?」



三者三様に温泉を思い浮かべ
幾らか遅れながら主人公の後をついていく

また賑やかな旅路が始まった
各々の心に一抹の不安と確執を感じながら






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