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眠れなかった、否、ムジュラの仮面に、睡眠など必要はない、何故ならそれがムジュラの仮面だから
ただ睡眠を楽しむことはできていた

それが旅を続けていくうち、いつの間にか、必要な欲求となり彼の体に染み付いていた
ムジュラにも睡眠が必要となったのはいつの事だったか、それは誰も気に留めていないことだから誰も知らない

とにかくこの、トアル村の滞在期間、ムジュラは満足な睡眠が取れなかった


皆が寝静まる夜中に、襲い来る体の痺れと引きつるような痛みがあり
ムジュラは体を引き摺りながら小屋の外へと繰り出した



「ぅ……ぐ、ィ…たイ」


裸足で行く足元は地に着いており、舗装のなされていない村の道の砂利は容赦無く彼の足の裏を傷付けていく
しかしそんなことよりも、キリキリと痛む神経が先で、ムジュラは上手く動かせない体に嫌気がさし、その場に踞った




「痛い、主人公、イタイ、よ…」



何処が痛いのかも把握できずに泣き言を漏らす
ジンジンと腫れたような熱さを伝える四肢が煩わしくて仕方がなかった
しかしそんな痛みの経験など知らないムジュラは
小川に手足を浸してみることも、水を飲み落ち着くことも思い付かない
ただただ赤子のように助けを求めることばかりが頭を占めていた

そんな彼が遠くからの、オカリナの音色に気付くのは結構な時間をそうして過ごしてからのこと





「…オカりな、…さリア…?」



それに気を取られれば痛みを忘れるのは意外にも簡単で
ムジュラは固い地の感触から草の茂る草影へ、そして森の中へ
オカリナのメロディーに誘われながら進んでいった













「ほっほっほ…こんばんはムジュラの仮面」


「……コンバンハ、サヨウナラ」



森を進み曲の音源にたどり着いたムジュラがその男を目に入れてから、表情を無にし、適切な言葉を選び取り、Uターンするまでの速いことは確実にゾーラ川上流の激流すら圧倒していたように思われる

だが彼を捕まえるこの男、幸せのお面屋はそれを超越していた




「んんー、随分とツれないですねぇ」


「グピャあがァあ!離して助けテ許シテお面ヤサン!!」


ムジュラの両肩に、お面屋の骨と皮だけのような手が載るだけ
それだけでムジュラの体は抑えつけられ走り出せない
何故この男がこんな森の中に急に居るのか、訳も分からないのだがそれを知るよりもムジュラは逃げ出すことで頭がいっぱいなのだった





「む、ムジュラ…大丈夫だよ」


「キキキ、ムジュラの仮面にも怖いものあるのカ?」



その場に他にも声があることに、漸く気付き
遅れてサリアの安心させる言葉を理解して
ムジュラは鳥肌をまだ抑えられないまま、ぎこちなく動きを止めた


先日の魔獣の暴走により開けてしまった森の中腹だった
倒れた木の幹にちょこんと腰掛けるサリアと
いりくんで折り重なる木々を潜って登って遊ぶスタルキッド
そしてムジュラから手を離し、申し訳程度に見える地面に腰を下ろした幸せのお面屋、相変わらずの大きな背負い荷は地面に置かないままである

何とも愉快で、そして不釣り合いな顔触れがあり、ムジュラはそこに参加するのも戸惑われたが
頻りに笑いを溢すお面屋が遠回しに威圧し促すので、ムジュラは渋々、サリアの隣の木に座った



「何のヨウさ、ボクを呼んだデショ…?」


「おや?呼んではいませんが」


「キキ、キ…自意識カ?」


ムジュラはムスッ、と唇を尖らせて不満を隠しもせずに
お面屋の方を見るのは恐いため、スタルキッドに睨みを突き刺す

それを見たお面屋は、ふむ、と眉間を詰め、うっすらと開眼した





「いけませんねぇ…まっこと、よろしくない」


「ナニさ…」


「笑顔が減りましたか…いえ、表情が豊かになりましたねぇ、貴方」




ピクリとムジュラの眉がつり上がり、益々表情は険しくなった

確かに、ただ無味な笑顔を、このお面屋の如く貼り付けていた彼ではもう無い
何か嫌な予感を覚えて青ざめるムジュラの顔を、明かりの無いそこに降り注ぐ月光が白く照らし浮かせた

サリアはそれを隣から伺い、晴れない表情になる




「ダから?」


「ムジュラは…サリアのオカリナを聴いて、ここに来たんだよ、ね?」


「ダカら何」


「あれはワタクシが彼女に教えた『癒しの歌』…それに誘われたと言うことは、…そろそろ限界でしょうか」


「ナに!!ハッキリ言エヨ!!」




木々に挟まれた場所では、声は上に逃げて夜空につんざく

すぐ傍のサリアは身を竦めて手のオカリナを握り締め
スタルキッドは木にぶら下がるように寝そべり、カンテラをカラコロと鳴らして笑いの代わりにした

把握していない自分の事を、他人が知っているなど、不愉快以外の何でもない
体が不調を来していることも思い出して、ムジュラは声を荒くしていく





「欲を持ってしまいましたね、ムジュラの仮面…否、もうその名も相応しくはありませんか」




「何が、ナに、ナンだよ!」




「欲を求めることを忘れ、欲を持ってしまったとき、仮面が力を失うときです」



ムジュラは煩い呼吸を他人事のように外に追いやり
指先の感覚が登り来る熱と共に蘇るのもどこか遠かった
膝にのせた手が握られていくのを、サリアが手を重ねて宥めるのだが、その感触も鈍いだけ




「体が人に成りつつありますね…仮面の姿に戻れないでしょう?」


「……っ、ウッサイ」



薄々に感じていたことを指摘され、ムジュラは声が小さく消え入るほどになる

どうなるのでしょうかねぇ、ムジュラの仮面は、と繁々と楽し気に、お面屋は開いていた目を閉じた






「私も貴方の仮面に消えて欲しくは無いのですよ…くれぐれも、欲に鋭敏に、気を付けるべきは、望まないことですよ」





言いたいことはそれだけだったのか、お面屋は細い体を立ち上がらせた
お面をたくさん詰めた荷物によろめきながらも、カツンカツン、と靴音を響かせて歩き去る
一度、俯くムジュラの黒紫の頭に振り返り、闇の中に姿を消してしまった










「ごめんね…ムジュラ…」


「…何、ガ」


「きっとサリア達がムジュラを変えてしまったんだよね」




何処から何処までが欲だったのだろうとムジュラは思う
否、何かこうして考えを巡らせることすら、許されなかったのかもしれない

望み求めることが自身を蝕んでいるのなら
ムジュラの取るべきは一つ






「何モ求めなきゃ、イインだろ…カンタンだ」





簡単と思えば簡単になる、とムジュラは単純に考えた
だが以前のような笑い声を容易に溢せていない






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