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主人公が飛び出して数時間
戻って来ないのを心配したイリアが、村の者にポツポツと行方を聞きながら探せば
ラトアーヌの泉の門、そこ潜って振り向いた所にある聖花の草の傍、隠れるように縮こまり座る主人公をようやく見つけ、イリアは安堵の息を吐く



「主人公…」



声を掛ければ、抱えた膝に顔を埋めたまま、主人公の肩が跳ねて、握る手に力がこもった
彼女があまりに小さくなってしまったように感じたイリアは、極力怖がらせないように、優しい声色で呼び掛け、そっと近付いた



「主人公、すっかり冷えてるわ…戻りましょう?」


触れた主人公の肩は水のように冷たくなっていた
何があったのかは知らないが、長く夜風に当たってしまったのだろう
イリアが柔らかく促すも、主人公はうんともすんとも反応せずにいる

イリアは載せていた手を止め、微笑して主人公の隣に腰を下ろして、代わりに肩を寄り添わせた



「私、変だ…」


それから長く間も置かず主人公が声を出した
主人公と旅路を共にして来た彼等が聞けば、何を今更、と笑い飛ばされそうな言い分だったが
イリアは真面目に心配してそれを聞く

主人公はこっそり頭を上げて、覗かせた紅目を、泉の光にぼんやり向けた




「私、おかしいの…」


「そんなことないわ、主人公」


「知らない人を見るの」



意味が分からないだけの台詞に、後からポツポツと、主人公は肉付けて行く

記憶に無い、男の姿を、幻覚に見る
緑の服が目に痛く、黄金色を放つ髪が美しく、空色の眼と視線が合う

記憶に無い筈の男を見る
それが酷く瞼の裏に焼き付いていた
勇者の影の事を悩む隙もないほどに
見えた笑顔は儚く、胸を締め付けるのだ

主人公は訳が分からなくなっていた









「ねぇ、主人公…それって……リンク?」








完全に主人公の顔が上げられ、イリアの翡翠色の目と見合う
信じられない事を聞いた心地だった
言ったイリアも、何故か目を見開いて、自分の言葉に驚いている
彼の記憶を持たないイリアがリンクと言った
無論それは、ここ数日に主人公と交わした会話の中、主人公が旅の目的として探す彼の名をイリアにも聞き込んだからであるが
容姿を忘れてしまった筈の彼女が答えた、言わば勘に近しいそれは
自棄にピッタリと、主人公にも、イリアの記憶にも当てはまったので
二人は揃って驚愕していた





「分かるの?…リンクを」



主人公の当然の問いに対し、イリアは首を横に少し振る
横に座り並んだまま、泉からの光を眺める、顔を真正面に向けて

主人公も渋々ながらそれに従った
精霊に会話を聞かれているようで、気が気ではない
だがイリアはこの場所が好きであるようだから、主人公も素直に、静かな景色を楽しむことにした





「リンクのことは…分からない……でも、分かりたい」



イリアがぽつりぽつりと、言葉を取り出していく
主人公にはその気持ちが分からない、知り得なかった



「どーして…?」


「大切な人のような気がするから」



イリアが大きな目を細めて空を見上げた
主人公はそれを隣から伺い、不思議な気持ちだった


リンクという人物を夜空に思い描こうとするイリアの姿が、あまりにも、憂えて見え
同時に羨ましさに似たものが、主人公の喉のあたりまで来ていた

イリアのそれが恋する女の姿なのだと、主人公が気付いたのは、十分な沈黙が続いてから
虫の主張をそこかしこに聞きながら、急かされるように、主人公の胸が少し早く脈していく





記憶に無い人間を人間は愛せるものなのだろうか、と
主人公は半ばイリアに呆れてもいた

しかしそれはどこか自分を見ているようで痛々しかった


そうして主人公は気付いてはいけない答えを導いてしまう
自分が多くを利用し巻き込んでまで生き延び
ただ勇者を追い求める理由

探さなければ、神罰が下ると脅された
そんなことはもはや問題ではない
女神達が主人公の命を握っているなどと、本気で思うことはもう無い
それはただの建て前と切っ掛け
主人公の自尊心を越えてその状況に追い込むため

それを、薄々に知っていながらも旅を止めないのは
彼女がそれを求めていたから









(私はリンクが好きなんだ…)












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